07:午後の部 序盤



ベリーとユーリィが麗しい友情を感じている頃、クリスといえば。

あ、麗しい友情云々に関しての突っ込みは割愛させて頂くよ! だからとりあえずクリスね!


こん畜生ぅぅぅ!!


絶叫しながら走っていた。

クリスカナディス・エルス・シエーヌヴァル、十六歳、今記録に挑戦中!

はっはっは、何のだよ。一人ボケ突込みはこの辺にしておくけど、その様子は正に鬼のよう


「来る……追いかけて来るっ!?」


目が血走ってて怖いよ。美人だって目が充血してりゃそりゃ怖いよ。

というか、何だかとてつもない恐怖に襲われているかのようだね。

そんなクリスを城の人たちは見ているものの、一瞥をくれただけで仕事に戻る。

うわー……この国の人たちって、淡白って言うか……うん、ノーコメント。

まぁ、そんなこんなでクリスの行く手には誰もいない。はずだったんだけど。


「あれ、姉上様ぁぁぁぁあ!?」

退け馬鹿野郎!!


鬼女の如くクリスが叫ぶが、アーレンが避けられるはずもなく。

金髪の姉と黒髪の弟があっという間に近付いて──。


『どあぁぁぁあ!?』

どごすっ。


あえなく二人は正面衝突。うわぁ痛そう。

ていうかアーレンなんかピクピク痙攣してるよー。

何て言うかね、車に跳ねられた人ってぽーんって結構飛ぶでしょ? そんな感じ。

当然のことながら、飛んだのはアーレンです。


「ううう……走馬灯が見えます、お祖父様……」


アーレンが息も絶え絶えに呟いた。結構余裕ありそうだけどね!

と、クリス──こっちは大した怪我もない──がむくりと起き上がる。


アーレェンー……?

「どひゃぁぁぁぁあぁぁあぁぁ!?」


心臓が弱い人ならこれ一発で昇天出来そうな笑顔を浮かべて。

……つーかマジ怖えよー、僕こんな仕事しか無いのかよー。

この怖さを伝えるにはどうしたらいいかなー、あの、怒り頂点に達してもう笑うしかない域に到達した人って見たことある?

あれの十倍くらいかな。その怖い笑顔で、クリスは怯えるアーレンの首根っこを掴んだ。

笑顔が消えて罵声が戻る。


「手前は何で避けねえんだよああああ!? アイツが来るじゃねえかよぉぉ!?」

「ああああ姉上様まままま、そんんんなこととと言われてもぉぉ」

「何言ってるんだよ畜生ぉぉ!? 地獄の果てからウサギがネギ背負っておいでませ!?

「姉上様のが訳わからな……じゃなくて、とととりあえず誰も来てませんってばぁ!」

「あ!?」


完璧に取り乱したクリスも、その言葉に我に返ったのか背後を振り返る。

勿論誰もいない。ユーリィはさっきの部屋にまだいるしね。

それに気付いたのか、クリスは全身から力を抜いた。


「おべっ!?」


あ、やっぱりアーレン床に落としてるし

そのままぺたりと自分も腰を落とす。ピンクのドレスの裾が床に広がった。

クリスは心から安堵したように両手で顔を覆って、絞り出すような声を上げる。


「うううう、やっと解放されたぁぁぁぁ」

「あ、姉上、様……?」


滅多に見ないクリスの様子に、アーレンが恐る恐る声を掛けた。

地雷を自分から踏む男だね君は。


「手前に判るかこの気持ち!?」

「うひゃぁっ!? えええええ勿論判ります判ります」

「毎日毎日監視モードってどういうわけだよこん畜生!? 中庭に罠仕掛けたり城の武器庫から銃火器持ち出したり、ベリーに宣戦布告したり! いつもと同じ事しかしてねえじゃねえか!?」

「それがいつもの事っていうのがまずい……いえいえ、そうじゃなくてですね」


アーレンはまた失言しかかり、慌てて口を閉じた。

喋らないほうがいいんじゃないかお前。ううん、正論だとは思うよ。思うけどね、大人の世界ってTPOも大切なんだ。

まあアーレンはまだ十五歳だけど、こんな姉がいるんじゃ知っておいた方がいいと思うんだ!

と、いきなりアーレンはにっこりと笑みを浮かべる。引きつりまくりだけどね。


「と、ところで姉上様、姉上様にお知らせが……」

「あ? 何だとっとと言いやがれ手前」

「うひぃぃぃっ! 言いますから言いますからはたかないで殴らないで撃たないでっ!?


……普段どんな扱いうけているかが判る一言でした。

前者二つはともかく、一番最後が普通には有り得ないよね!

もう言いたくないけど、良い子悪い子のお兄さんお姉さんは真似しちゃ駄目だよ。弟妹も駄目だよ。


「いいから喋れっての」

ごぶっ!? うわやっぱり殴った!?」


涙目になっても、何とか引きつった笑みだけは整えて、アーレンは告げる。

うーん、顔はやっぱりかなり格好良いんだけど、性格がこれじゃあなぁ……。


「え、えっとその……中庭にちょっと興味を引く物があったので

「ん? 何だ、それ?」

「い、いや、詳しい事は行ってみれば判ると思います

「はぁ?」


訝しげに呟くクリス。

つーか、『具体的に言わない』、『言葉を濁す』場合は大抵なんかあると思うもんだけど。

だけど、勿論クリスが『大抵』の人であるわけもなく。

ユーリィがついてこなくなった、ってことで多少の解放感もあったのかあっさり呟いた。


「ま、行ってみるか」

「え、本気ですか!? あ、い、いえ、何でも有りませんですはい」


君が驚いたら駄目だろアーレン。

彼はそろりと腰を上げると、片手を挙げて姉へと向き直る。


「それじゃ、僕はこれで……」

「何を言っているいる大馬鹿者め」

「え?」


アーレンが呟いた時には、もう彼の首にはロープが巻きついていた。

ビーン、とロープが引っ張られる。


「手前も行くに決まってんだろうが? ほら行くぞ野郎共!」

「野郎共って僕しかいなていうか首絞まる首絞まる死ぬっ!?


注意。良い子は真似してはいけません。当然ですが悪い子も。


廊下を駆け抜け、吹き抜けを通り、庭を驀進してクリスはあっという間に中庭に到着。


「んで? 何があるってんだ?」


返事は無し。


「おい、アーレン?」


更に返事は無し。


「おい聞いてんのか手前!?」


全く返事は以下略。

とうとうキレたのか、クリスが後ろを振り返る。


…………あ


そのままクリスは止まった。

え、何でって?

そりゃあ、アーレンが顔を真っ青にして白目剥いてたからじゃないかな?

普通、首に縄つけられて思い切り引っ張られたら首が絞まるよね。

んで、更にそれを続ければ、勿論死ぬよね。

当然の結果だよね。

ぼそりっ、とクリスは呟く。


「ちっ、貧弱だな」


貴女のせいですクリスさん

呟きと共にアーレンを繋いでいた縄を放り投げて、クリスはその『興味を引くもの』とやらを探し始める。

この辺り薄情っていうか人の情が無いっていうか弟の扱い酷すぎない? っていうかな感じだね!

あー……アーレン、大丈夫なんかね、あれ。

と、その時、クリスの傍に、足音一つ立てずに近寄った影が声を掛ける。


「一国の王女が、護衛もつけずに散歩とはねぇ? ……少しばかり、無用心が過ぎるのではありませんかねぇ?」

「は?」


少々高目の声、妙に芝居がかった物言いに、クリスは胡散臭げに顔を上げる。

そして彼女は次の瞬間、硬直した。

そこに居たのは──。


「ねぇ? そうですよねぇ? クリスカナディス・エルス・シエーヌヴァル様ぁ?」


真っ赤なコートに身を包み、これまた赤のシルクハット。

白いワイシャツの上には、これまた真っ赤なネクタイ。

帽子の下で覗く瞳は真っ赤、帽子の端から見える髪は白──というか銀というか。

とにかく、目が痛くなるよあんた。って言いたくなる格好の男。


「あれぇ? どうしたんですかねぇ? 止まっちゃって……ねぇ? 怖いんですかねぇ?」


くすくすと笑いながら、男は喋る。

どうでもいいけど、何でいちいち疑問形なんだろう。

ある意味怖いよね! 全身赤と白でコーディネイトした男が何の前振りも無く目の前にいたら僕だって怖いよ!

やっと硬直状態から脱出したクリスがぼそりと呟いた。


「何だ……ただの変態か

「ちょっと待ってくださいよぉ!? 何でそういう結論になるんですかねぇ!?」


男の言葉を全くシカトすると、クリスはアーレンを揺さぶり始めた。

うーん、この言い分に関してはちょっとだけ僕もクリス寄りかもなぁ……。


「おら、アーレン、興味を引く物ってまさかアレの事じゃねえだろうなっ!? 私はあんなもんに興味なんざ全くねぇぞコラ!」

「ああああ……うふふふふふ、お花畑だ、きれいだなー……」

「人の話聞いてんのか手前!?」


アーレンはまだ完璧に違う世界へと魂が飛んでいる。

うん、話聞ける状態じゃないね。

そしてさり気なくあんなもの扱いな男。初対面だろうが容赦も遠慮も無いねこのお姫様!

そのクリスの行動が気に障ったのか、男は声を高めた。


「シカトしましたねぇ!? 大人しくしていればまだ良かったものをねぇ? こうなったらもう此方も我慢はいりませんよねぇ?」

「……いや、つーか誰だ手前」


やっと男に顔を向けて、いやいやそうにクリスは尋ねた。

男はそれで機嫌を直したのか嬉しそうに笑うと、手を広げる。勿論手に嵌められた手袋は白だ。

ついでに赤い人、くすくす笑いは止めておこうよ。何か不気味なんだけど。


「おや、知りたいですかぁ? わたくしは、リヤンルウジュ・ホワイトマンですよぉ?」


ホワイトマンなのに真っ赤なんだ。

いやそんな事はどうでもいいけど。

愉悦に細められた赤い瞳の先で、クリスは揺るぎもせずに堂々と返す。


「……それでレッドロブスター。用件は何だ?」

「貴女、人の話きちんと聞いてないですねぇ!? リヤンですってばリヤン!?」

「やかましい。用件をちゃっちゃと言えば半殺しくらいですませてやる

「いや半殺し決定なんですかねぇ!? まあ、とりあえずそのお命──貰いますよぉ?」


そもそもクリスが人の話をちゃんと聞いているわけもなかったね。

言ってリヤンは赤いシルクハットに手を掛け、フリスビーを投げる要領で、それを飛ばす。

……えーと、犬に取ってこーい、ってやる感じかな。分かるよね。

結構な速度のそれを、クリスは訝しげな顔をしながらも難なくかわす。


「あ? 何だっつーんだ……!?」


ぼやきかけたクリスの言葉は途中で止まった。

クリスから外れたシルクハットは、大きく弧を描いて木の枝に引っかか──らなかった。

ていうか枝切れてるよオイ!?

そのまま弧を描いて、シルクハット──鍔の部分が刃になった凶器が、持ち主の手へと戻る。

それを片手に、真紅のヒットマンリヤンはくすくすとまた笑いを浮かべた。

笑みが告げる。この一撃はただの様子見だ、と。


「次はねぇ……当てちゃいますよぉ?」


響く声に、クリスがじりっ、と後ずさる。

顔を俯けて後退したその様子は、リヤンには怯えたように見えたかもしれない。

緩やかに一歩を踏み出し、瞳に狂気、声に獲物を弄る色が混じる。


「怖がらなくていいですよぉ? 一発で仕留めてあげますからねぇ?」

「……っしゃぁ……」

「はいはい、なんですかぁ?」


完璧余裕の笑みを浮かべるリヤン。

彼にとっては、既に勝者の気分なのだろう。何しろ相手はお姫様。

しかし──……皆、クリスがただのお姫様だなんて、もう思っちゃいないよね?

きっと青の双眸を上げ、クリスは叫んだ。

同時に握った拳が天高く突き上げられる!


よっしゃぁ今までの憂さ全部晴らしてやるぜ畜生! 

「ええええ!?」

「んだよ手前、そっちから仕掛けてきたんだろが! これで大手を振って正当防衛!


いや、クリスの場合は過剰防衛だと思うんだけど……。

チャンピオンクリスと、チャレンジャーリヤンの試合が開始されようとしています。


ところで……アーレン生きてるのか?

Back  Next