少女と悪魔とダブルアイス







まあ、そこからはいつもの休みの日の通り。
適当に店をぶらついて、何を買うでもなく。
途中で二度ほどヴァルクがごねたもので、休憩も挟んだ。
ちなみにその時彼が頼んだのは、激辛ピザと極甘チョコケーキ。
……やっぱり、少し味覚がおかしいんじゃ……。

「ねぇねぇ真由」
「ん? 何?」
「ヴァルク君て、可愛いねぇ」
「はい?」

春奈の言葉に私は眉をひそめる。
すいません皆様、今、この娘は何と?

「だから、可愛いねぇって。私、あんな弟欲しいなー」
「はぁ」
「真由はそう思わない?」
「いや……まあ、その、ね」

とりあえず私は言葉を濁した。
……こんな純粋な女の子になりたかったよ、お父さんお母さん。
とか関係無い事まで考えたり。
あれが弟……と考えると、想像だけで頭が痛くなる。
いや、そりゃあ春奈の様な子ならいいのだが、いかんせん私には荷が重い。
横で激辛ピザに更にタバスコをかけるヴァルクを見ながら、心底そう思った。
まあ、確かに賑やかではあるし、退屈はしないのだが……。

「何を見ているのだ真由? 一枚欲しいのか?」
「いや、そんなに辛いの喰えないし」
「軟弱だな」
「違うから」

びすっ、と裏拳で突っ込む。
何でこんな漫才キャラに変化しているのか。
春奈はそれを見てくすくす笑う。

「そんなに辛いの大丈夫なんだ、ヴァルク君てすごいな」
「ふむ、貴様は少しは物が判るようだな」
「だーから、偉そうな口聞くな」
「大丈夫だよ、真由。いっぱい言葉知ってて偉いねー」

彼女はきっと、保母さんに向いているだろう。
ヴァルクと平気で付き合えるのなら、どんなガキでも問題あるまい。多分。
これ以上に生意気なガキは首を締めて落とせる自信が私にはある。
……持つべきではない自信だとは自覚しているので置いといて。

「ふふん、どうだ真由。俺様の価値を真に理解する人間もおるのだぞ。貴様も見習え」
「喧しい」
「この悪魔ヴァルク様に向かって何だその言い草は!?」
「悪魔?」

きょとん、と首を傾げる春奈。

この馬鹿悪魔。

私は取り合えず笑みを作って、彼女に話し掛けた。

「あー、最近『悪魔ごっこ』が好きみたいでね。TVかなんかの影響でしょ」
「あ、そっか、なるほど」

ころころと笑う春奈を見て、私は冷や汗を拭う。
勿論、こっそりとヴァルクをつねる事も忘れない。
一瞬顔を引き攣らせたものの、彼は何事もなかったかの様に振舞った。
ここら辺は意地っ張りだ。

「でも今日、これが居てうるさくなかった? 大丈夫?」
「ううん、逆に面白かったよ」
「うむ、素直が一番だな。よし、春奈とやら!」

いきなり春奈に向けて指を向けるヴァルク。
にっ、と笑うと言葉を続ける。

「魔界に戻ったあかつきには、俺様の后の一人にしてやるぞってがっ!?」
「ガキが生意気ほざかないよーに」

ごっ、と今度は脳天唐竹割り。
数秒沈黙したものの、大したダメージではなかったのかすぐに起き上がる。
ぼそっ、と私を見上げながらヴァルクは呟いた。

「何だ、真由、やきもちなら素直にそう……」
「ガキが以下略」

ごっ、と脳天唐竹割りマーク2。マーク2に特に意味は無い。
それを見て、また春奈はおかしそうに笑った。

「あはは、嬉しいけど、ヴァルク君が大人になった頃には忘れてるよ」
「いや、俺様はお前らより年上だぞ」
「はいはい、嘘はついちゃ駄目よー」
「痛い痛い! というか女がすぐに暴力に訴えるのは良くないぞ!?」
「あ、男女差別発言」
「違うわっ!」

赤くなった頬をなでながら、ヴァルクはぶつぶつ文句。
そう云えば前も私より年上だ、とか何とか言っていた気もするが。
今までの行動を見ていては、信じられるわけもない。
言葉を信じてもらうにはそれなりの態度が必要なものだ。

「それじゃ真由、私そろそろ帰るね」
「あ、うん。ごめんね今日は」
「だから楽しかったって。またヴァルク君も遊ぼうね?」
「うむ、遊んでやっても良い……じゃなくてまた会おうな」

またまた偉そうな口調で言いかけたヴァルクの太腿をつねると、
彼は再び顔を引き攣らせながらも笑顔を作る。

「じゃあね」
「うん、また」

ヴァルクに手を振りつつ、春奈は去っていった。
その姿が見えなくなった後、私はどっと疲労感に襲われる。
べたり、と机に突っ伏した。
ああひんやり。

「何だ真由、店で寝るのはみっともないぞ」
「うるさい疲労の原因」
「俺様は上手くやったではないか!?」
「ほう、翼が有る気で飛ぼうとしたの誰だっけ?」
「う、それはだな、その」

途端に目を逸らすヴァルク。
まあ細かい所は山程あるのだが、一々突っ込んでいては日が暮れる。
と、いうかもう暮れかけているが。

「食べ終わった? じゃ、行くよ」
「あ、真由、ちょっと待て」
「ん?」
「あ、その、だな……つまり」

何やらぼそぼそ呟くヴァルク。
このお子様が口ごもるとは珍しい事もあったもんだ。
一体何を言おうとしてるのだろう?
ヴァルクは口を閉じ、やがてもう一度開く。

「あれも」
「は?」

彼の指の先には、アイス屋があった。
私は視線を冷凍庫くらいに冷たくして、呟いた。

「まだ喰うのか、お前は」






「おお、すごいなー」
「つーか、遠慮を知らないね?」
「何を言う、最初に散々遠慮してやったではないか」
「遠慮してやった、って偉そうだし」

と、いうかピザとケーキを食い、更にアイス。しかもダブル。
小さな体によく入るもんだ。
もしかして、四○元ポケットとかと仲間なのかも知れない。

「ていうか、気をつけなよ? こぼすから」
「俺様がそんなヘマをするか!」
「あんただから危ないんでしょ」

帰り道はきちんと舗装されている為、転ぶ心配は少ないが。
どうにもヴァルクは危なっかしい。
やっぱり普段歩いてないせいだよな、翼に頼ってるし。

「ほら、転ぶって……あ」
「どわっ!?」

ずるっ。どすっ。べちゃ。

平らな道で転ぶと言うのは、ある意味才能ではなかろうか。
ぼんやりとそんな事を思う。
と、いうか期待を裏切らない悪魔だな、このお子様は。

「大丈夫だとは思うけど、一応大丈夫?」
「くっ……! 思いやりが無いのか真由は!?」
「悪魔に思いやりとか言われても」
「都合の良い時だけ悪魔を出すなっ!?」

ぱんぱん、と服の埃を払い、ヴァルクは立ち上がる。

そして一言。

「……あ」

アイスは落下し、ヴァルクの手元には寂しくコーンが残るのみ。
ずーん、とかの効果音が似合いそうな雰囲気がヴァルクの周りに満ちる。

「泣くな、その位で」
「泣いてなどおらぬぞっ!」
「いや、泣きそうだし」
「夕日が目に染みたっ!」
「何処の青春ドラマのキャラだ、お前は」

ふう、とため息をつくと私はヴァルクの近くに寄る。

「ほら、貸して」
「え?」

ぽとん、と残ったコーンの上に、プラスチックのスプーンでアイスを移した。
さよなら私のチョコチップミント。
ヴァルクはアイスと私を交互に見つめる。

「……良いのか?」
「いや、さすがにそんな顔されちゃあ」
「…………」

何やらキラキラした瞳で私を見つめるヴァルク。
決定。悪魔の自覚は無いな、こいつに。

「真由、その、だな、あの」
「何?」

目を逸らしつつ、ヴァルクは小さく口を動かす。
また何か欲しい、とか言い出したら怒るぞ。

「ああ、その、貴様も后に加えてやっても良いぞ、と」
「……お礼が言いたいなら素直に言おうよ」
「なっ、そういう訳では!」
「私、年下趣味は無いから別に」
「だーからっ! 俺様はお前よりも遥かに年上だっ!」
「じゃあジジ専でもないから」
「ジジイでも無いっ!」

ムキー、とN○VAうさぎのような声を上げるヴァルク。
全く、などとぼやきつつアイスを食べ始める。
先に立って歩き出した私に、声が掛かる。

「……真由?」
「今度は何?」
「ありが、とう」
「…………は?」

驚いて振り向くと、ヴァルクは慌てて顔を逸らす。
顔が微妙に赤いのは照れてるのか夕日のせいか。
ヴァルクはやや早口で告げる。

「いや、そのだな。礼を言わないのは個人的な礼儀としてアレだし」

何がアレなのかがよく判らないのは置いといて。
私はそんなヴァルクに、笑んで返す。

「ま、じゃあ素直に受け取っておく」
「うむ、受け取っておけ」
「また偉そうに戻るし……」

歩き出した私に、ヴァルクが並ぶ。
真っ黒な瞳で私をちら見しつつ、言った。

「ま、その調子で魂も俺様に寄越せば万事解決だ」
「私は全然良くないし」
「そこを何とか。俺様の明るい未来の為にっ!」
「悪魔に明るい未来なんかいらないでしょ」
「俺は欲しいぞっ!?」
「生憎、自分の魂あげてまで他人の未来明るくしたくない」
「鬼っ! 悪魔っ!」
「悪魔はあんたでしょうが」

ぎゃあぎゃあと叫ぶヴァルクを見て。
私はやっぱり、ため息をついた。



春奈、やっぱりこんな弟は遠慮したいよ、と心の中で思いつつ。






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