16:全てが丸く収まる……訳が無い


かっかっかっかっ


態度のでかい足音だね。

あ、これは将軍の足音だよって言わなきゃ判らないよね。うんごめん。

視覚認識が出来ないのって結構不便じゃない?

まあそんな事を言ってたら語り部の仕事なくなるから聞かなかった事にしてね。

ま、それはそれとして、今日は何だか将軍が王夫妻に色々報告とかしに来たみたい。

実際、他の国がどうなのかは知らないけど、中々アバウトな国だよね、此処って。

あ、今更か。

ちなみに床にじゅうたんが敷いてあるのに足音が響くのはシエーヌヴァル城の七不思議のひとつらしいよ!

他のは追々出てくるかもね。七不思議どころじゃなくありそうだけど。


「失礼致します!」


兵士が扉を開けきる前に、待ちきれないのか自分の手で開く将軍。

いや、短気は損気だよー。血圧上がるし。もうお年なんだからね。

しかしそんな事は全く気にしないで、にこにこと笑って迎える王夫婦。

……いいのかよ、オイ。

多分こんな場所でこんな話を聞いてくれている人にはいないと思うんだけど、こういう場面に行き会った人はきちんと扉が開くまでまってようね、マルキウェイと約束だ!

きちっ、と王の前で敬礼をする将軍。


「オストテウス、そんなに堅苦しくしなくて宜しいのですよ?」

「そういう訳には行きませぬ! 仮にも陛下の前でその様な事は……」

「まあまあ、常と変わらぬようで何より」


将軍の名前初公開! 今考えたんじゃねぇかってのは無しね。

あ、でも面倒臭いから僕はこのまま将軍って言い方で通すよ、ここの国の人の名前長くない?

ほっほっほ、と顔を見合わせる仲睦まじい二人。うわー……やる気無くす……。


「それで、今日は何用だ?」

「はっ! 失礼ながら早速用件に入らせて頂きます。前々から差し出がましくも進言させて頂いておりましたが、最近のクリスカナディス王女の行動には目に余る物が有ります!」

「しかし、多少元気があった方が良いであろう? なぁ?」

「ええ、ええ、そうですねぇ」


あれを元気で済ませるかこの夫婦。

え、これって何、放任主義? それとも度を越して楽観的なの? 僕分からないよ!

将軍はそんな様子に憤慨した様に声を荒げる。


「そう言う問題ではないでしょう!? 老婆心ながら申し上げますが、あの状況では、次期王位継承者としての自覚が足りなさ過ぎます!」

「しかし、なぁ? 元気が一番だしなぁ?」

「ええ、ええ、そうですねぇ」


あんたら、考えて言葉発してますか?

王様も良く見れば結構なナイスミドルなんだけどね、王妃様は言うに及ばず穏やかな美人。

あー、クリスもアーレンも顔の遺伝子は間違いなく受け継いでるね。

まあ何度も言うけれども、人間顔じゃないよ若者よ。

更に言葉を重ねようとする将軍の声を、誰かが遮る。


「ふん、だからと言って私を殺せるとでも思ったか愚か者め!」


ぴくり、と反応する将軍。

響いた声は高いけれどもその場に沈黙をもたらすのは充分。

あれ、声はどこから聞こえたんだろう。将軍の目の前には王夫妻しかいないし──って。


「私に敵うわけがなかろうがっ!」


あ、上にいた

ああ、ここの謁見の間ってね、二階分吹きぬけになってるんだ。

二階部分に当たるところには、左右の壁に細い通路が設けられてるんだけど……クリスはそこに仁王立ちで立っていた。

もう言っても仕方ないとは思うんだけどさ、王女様って仁王立ちで手すりの上立つもんだっけ?


「ク……クリスカナディス王女っ!? 何の事だっ!?」

「宜しくない企ては露見する──自然の通りでしょう?」


重ねるように響く、感情の篭らない冷静な声は男のものだ。

将軍の振り向いた先には、最強教育係ユーリアーノス・リベラート!

涼しげな銀の髪と白い顔とは対照的に、将軍は一気に顔を赤くした。


「無礼な! 今は会見中だぞ、礼儀をわきまえろ、リベラート教育係!」

「まぁまぁ、いいじゃないか、なぁ?」

「ええ、ええ、そうですねぇ」


それはもういいから。

と、そこでやっと気付いたように王様がユーリィに問い掛ける。

反応鈍いなあんた。


「ところでユーリアーノス、宜しくない企てとはどういう事だ?」

「はい」


ユーリィは流れるような動作で一礼をしてから、その蒼の双眸を将軍へと向けた。

将軍はユーリィを睨みつけているけど、そんな事気に留めるユーリィじゃないのはご存知の通り。


「そこに居るオストテウス将軍が、ヒットマンを雇い、クリカナディス王女暗殺を企てたのです」

「まさか! 何の証拠があって! 言いがかりは止めて欲しいものだな」

「そちらこそ、つまらない言い逃れは止めて頂けますか」

「何だとぉ!?」

「まぁまぁ、落ち着け二人とも」

「ええ、ええ、そうですよ」


びしびしびしっ、とかの効果音が似合いそうな場の雰囲気にびびる兵士達。

そしてそれを全く気にしないあの夫婦。

いや、確かに将軍とユーリィの睨み合いって、壮絶な物があるよなぁ……。

クリスはこの場はユーリィに任せることにしているのか、手すりの上で不敵な笑みのまま動かない。

そちらにも気を配りながら、はっ、と将軍は鼻で笑った。


「大方、王女が自分の手に負えない、という事を隠す為にそう云う事を言っているのだろう」

「失礼ながら、全くそんな事は有りません」


確かにね。

ユーリィ以外には無理そうだけど……ていうかこの人が一番手に負えねぇ。

いや、ある意味手に負えてないのかな、矯正できてないもんね!

でも他の人が出来るかって言うとうーん、やっぱり無理じゃない? いや無理だと思うよ僕。

くるり、と扉の方を振り向くユーリィ。


「証言者もいますよ、入って下さい」

「はぁ……」


いささか疲れたように入って来たのは、護衛隊長ベリデアッツ・ファンク。

常と同じく護衛隊の服に身を包んで、王夫妻に多少ぎくしゃくとした礼を送る。

ぎくしゃくしてるのは多分慣れてないせいもあると思うんだけどね、普段は彼、王夫妻とは会わない立場だからさー。

王女とはもう罵詈雑言飛ばし合いで殴り合いの仲だけどさ。

将軍が眉根を寄せた。


「ほほう、護衛隊長まで抱きこんだのか? 随分念入りな事だな」

「彼は、あなたが王女暗殺についての事を漏らした、と証言していますよ?」

「それは本当か? ベリデアッツよ」

「……はい」


王様の言葉に頷くベリー。何だかやけに顔色が悪いけど、ユーリィに脅されたのかな。

将軍は怒気を孕んだ声を上げた。


「馬鹿馬鹿しい! 虚言だ!」

「他にもいますよ、どうぞ」

「は、はい、すいませんすいませんすいません」

「トロイんだよ手前はっ!」

「あああごめんなさい美人姉上様もうしませんすいませんごめんなさいっ!」


クリスの一喝に頭を抱えて急いで出てきたのはアーレン!

生きてたんか。とかまあ非情な事言ってみるけど、みんなそう思ったよねぇ?

というか、ほぼオール出演ですか? 今回は。さすがの王夫婦も眉根を寄せた。

貴重だよこのショット! 王夫妻が笑ってる以外の顔って! いやすぐに戻るんだけどさ。


「アーレン? 一体どういう事だ?」

「アーレンウォルド王子は、良心の呵責に耐えかねて、将軍の計画に一枚噛んでいたという事を教えて下さいました」

「なんと……」

「ごめんなさいすいませんもうしないので許して下さいいやマジでああグーは痛いっ!?


脅されたな、こりゃ。

何か幻覚とか見えてるみたいだし……最後まで可哀相なキャラだね、君は。

普通ならさ、十五歳って甘酸っぱい青春送ってたり世界を救うために旅に出たりしてるのにね!

え、だいぶ偏った十五歳じゃないかって? あはは、気にしちゃ駄目だよ今更さ!

さすがにアーレンまで出てきて、将軍はぎりっ、と唇を噛む。

そこに二階から朗々と響くクリスの台詞。


この愚かな弟と書いて愚弟がきりきり吐いたぞ? 手前だろ、最近やけにヒットマン送りつけてきたのは」

「クリスカナディス王女まで……」

「そのヒットマンとやらはどうしたのだ?」

「勿論返り討ちにしましたわ、母上、父上」


普通は愚かな弟と書いたら愚弟ですね。うん。当然だね。いやそれはいいんだ。

王の心配そうな声に、にっこりとこれ以上無いくらい素敵な笑みを浮かべるクリス。

何でそんなに嬉々として語るかな、この王女様は。

ついでに王様、心配しないでも確実に大丈夫ですあなたの娘は

段々余裕を無くしてきた将軍は両手を振ってそれを掻き消すように叫んだ。


「違う、狂言だ!」

「まだ言い張りますか? それじゃあ、これはどうです?」


ぱちん、と指を鳴らすユーリィ。美形って何やっても決まるから良いよね。

ってそういう事じゃなくて。その音にあわせて、録音された声が流れ始める。


『クリス王女を……暗殺して欲しい』


さっ、と色を無くす将軍。

ちなみに顔も出ていない音響係はリヤンルウジュ・ホワイトマンです。

……こちらもユーリィに脅された模様。って、いい所ユーリィ総取りだね!

どうでもいいけど、盗聴器が有ったりその割には何だかみんな古めかしかったり。

一体この時代の文化水準てどのくらいなんだろうねあはははは。

……念の為言っておくけど、そこら辺には突っ込んじゃいけないよ?

王様はその声に、厳しい顔を将軍へ向けた。


「オストテウス……」

「ば……馬鹿な、これは違う、リベラート教育係の言いがかりだ!」

「そんな事は有りませんよ」

「え!?」


にこにこと告げたのは、今迄相槌くらいしか打ってなかった王妃様。

相槌しか打たないから実はロボットじゃないかとかの噂があったりなかったりするってのは嘘だけどね!

あ、きちんと生身だから安心してね、さっきの噂は僕の所感さ!

何が楽しいのか知らんが、とにかく笑顔で言葉を続ける。


「だって、ユーリアーノスに貴方の素行調査を命令したのは私ですから」

「は!?」


将軍にとっては衝撃発言だろうね、これは。

クリスとかはユーリィに言われて知っているだろうけど、将軍はまさか王妃様に疑われているとは思ってもみなかっただろうし。

しかし、何で王妃様がわざわざユーリィに命令したのかは僕も知らないんだけどなぁ……。

だってさ、不条理って言っても王女の教育係に頼む事じゃないと思うんだけど。

言葉をなくした将軍に、王妃様はふんわり優しい雰囲気の笑みを浮かべて一言。


「私、祖国からこちらに嫁いでくる時に、私設の諜報部隊を連れて来ましてねユーリィもその一員なのですよ」


ちょっと待て。

ユーリィ、実は副業持ちか!

え、あれ、王女の教育係が副業なのかな、本人にとってはそっちが本業っぽいけど。

……でも諜報部隊って言えば済むレベルの不条理じゃないよね彼!


「な……何故その様なことを……?」

「あら、色々便利なんですよ


どういう風に。

多分その場にいる人の多くが突っ込んだと思うよ、兵士とか将軍とか僕とか含めてね!

いや、さすがに王妃様に突っ込む猛者はいなかったけどさ、僕的には入れたかったよ!

長さ三十センチ程の短いロッドを片手にした王妃様は、もう片方の手を頬に当てて顔を動かす。

自分の息子、アーレンの方へ。


「それにしてもアーレン……」

「は、はい、何でしょう母上様」


目つきがやや厳しくなった王妃様にびびるアーレン。弱いなお前。

まあ、将軍に唆されたとはいえ、自分の姉さん狙った訳だしねー。

狙っても殺せるとは全く思ってなかったみたいだけど。

叱責とか何かの処罰が下ると思ったのかな、アーレンは思い切り身を縮めて母を見上げる。

が、王妃様はすぐに表情を緩めた。


「自らの目的の為に政敵を葬ろうとする……それでこそ私の息子です、成長しましたね

『待てっ!?』


褒めやがったこの王妃様

しかも、『それでこそ私の息子』ってことは、それに類する事を王妃様もやってるってことだよね、ねぇ?

何このデンジャラス空間。

さすがはミス鉄面皮とか言ってる場合じゃないよ! 尋常じゃないよ! 思考回路が!

それに続けて深く頷く王様。

慈愛の笑みを、手すりに佇む娘に向ける。


「それに、それを尽く返り討ちにする……若い頃を思い出すよ、クリス、さすが私の娘

『あんたもかっ!?』


ちなみにさっきから見事なタイミングで唱和している声は将軍、護衛隊長、一般兵士のものです。

いやー、淡白なこの国の人たちも思わず突っ込む王夫婦の言動。さすがトップ2って感じだよね!

え、どんな意味でトップ2なのかは皆さんのご想像にお任せします。

しかし、一般兵が突っ込んでも気にしない王夫婦がいる国って平和だよね! うん、平和だって事にしといて。

ともかく、それで将軍はがくっ、と首を垂らし、肩を振るわせる。


「くっ……無念、この失態、死でもって償うのみ!」


ばっ、と懐から短剣を取り出す将軍。て、待て待て本気っ!?

ユーリィは制止する気が無いのか動かない。

クリスとベリーは身を動かしたけど距離的に間に合わない!

色んな思惑が交錯する中、将軍が今にも咽喉を突かんとした瞬間。


「床が汚れるので止めて下さいね」

「ぐはっ!?」


ズゴッ!

果てしなく痛そうな音を立てて、将軍は床に沈んだ。

………………。

えーと……今のは……。

飛んできたものを見ると、ロッド。

視線の先には、王妃様。

瞬間、空白ともいえる風が吹いた。


「あらあら、この程度で気絶してしまうなんて……まだまだね

「はっはっは、さすがは我が妻


あんたかっ!?

クリスは手すりから飛び降りようとした格好のまま止まり、ベリーはがっくりと脱力する。

将軍は白目を剥いて床に転がってるわけだけど……わー、痛そう。

咽喉を刺すよりはマシだと思うけど、絶対しばらくは頭痛続くよこれ!


「ま……まあ、何にせよこれで一件落着だな!」


見せ場を若干取られた形だけど、クリスが再び手すりの上でぐっと拳を握った。

その仕草にユーリィは頷いてみせ、ベリーは呆れたように頭に手を当てた。

アーレンは変わらず怯えた様な表情をしているし、皆を覗く様に影からリヤンが顔を出している。

王夫婦は笑ってるし、おまけにその足元には気絶した将軍が転がっていた。



……団欒の風景には程遠い。

この国で平穏なことを望むのは無謀なのかもね!







そして今日も、中庭には声が響く。



「クリスさぁん!? 何で逃げるんですかねぇ!?」

「いつもいつもしつこいんだよボケがっ! 死にやがれ畜生!」

「この体滅びても貴女への愛は永久不滅ですよぉっ!?」

「キショいわ馬鹿タコ!」

「どっちも喧しいっての馬鹿共がっ!」


その声に負けないくらいの怒声を上げるベリー。

ぴきっ、とクリスのこめかみに青筋一つ。


「手前……最近どーも態度がでかいんじゃねぇの?」

いつの時代のスケ番だ貴様は。この不良娘が」

「いい度胸じゃねぇかっ! 今度こそ世界から抹消してやるぜノロマ!」

「やれるもんならやってみやがれ腐れ王女っ!」

「お手伝い致しますよクリスさぁぶっ!?」

「クリス様の半径10メートル以内にはに近づくなと、何度言えば判りますか?」

何で距離が段々増えてるんですかねぇっ!? 負けませんよぉっ!?」

「挽肉になってみます?」


じゃきじゃきっ、とそれぞれの獲物を構えるクリスとベリー。

じりじりっと間合いを詰めるユーリィとリヤン。


晴れた空に、高らかにゴングが鳴り響きました。

良かったら君も遊びに来て下さい。今日もこの国は平和です。




……多分ね。確約はしないよ!




【Pretty Princess・完】