15:久々に四人集合です
「はぁ……」 はい、初っ端から辛気臭いため息をついてるのはベリーです。 まあショックなのは判るけど。 ていうか、王夫婦の過去にショックを受けたのか、将軍が黒幕なのにショックを受けたのか判りゃしねぇって話だけど! 僕としては前者を押すよ、間違いなく。と、そんな昼間から黄昏モードの彼を呼ぶ声一つ。 「ベリー!」 「……あ?」 「隙有りぃぃぃぃ!!」 「どわっ!?」 どごんっ! といい音立てて、さっきまでベリーが立っていた地面が砕ける。 スーパーマンだってここまで無体な事はしないよね。見たこと無いけどさ! もっともこんな事するのは一人しかいないけど! しかし、精神状態がどうであれ、きちんと攻撃をかわしたベリーは凄いねぇ。 これも日頃の鍛錬の所為かな? って、本人にとっては嬉しくも無いだろうけど。 えーと、うん、当然ながら僕もそんな技能身に付けても全然嬉しくないんだけどさー。 見事な跳び前転で避けたベリーに、ちっ、と撃った張本人クリスは舌打ちをした。 あ、跳び前転ってのは文字通り跳んだ後に前転する技。主にマット運動やアクション映画で使用されるよ! 「背後を取ったと思ったんだが、外したか」 というかクリス、さっきの当ったら普通に死ぬからね? 振り返り様にベリーは睨んで、 「また貴様か、腐れ王女……」 と、そこで台詞が止まる。 いつもだったらこの後に、クリスに負けない罵詈雑言が続くはずなんだけど。 はぁ、ともう一度ため息をついて、ベリーはくるりと背を向けた。 クリスも、様子がいつもと違うのに気がついたのか、眉根を寄せる。 「おいベリー? 変なキノコでも喰ったのか?」 何でキノコ? いや、そこはどうでもいいんだってば。 一応心配してるのか、それとも暗に拾い食いでもしたんだろお前って冗談を入れてるのかは分からないけど! ベリーはその声に、肩越しにだけ振り返る。 「今は貴様と遊ぶような気分じゃない」 「は?」 あれを遊びと言うのも凄いと思うけどね。 益々クリスは眉間のしわを深めた。 あーあー、駄目だよ、若いうちからあんまり難しく考えたら。しわが刻まれるよ。 もっとも、考えないで脳みそにしわを刻めないのはもっとまずいけどさ。 「どういう意味……」 ベリーが答えるよりも早く。真赤な物体が飛んできた。 「クリスさぁん!?」 「だぁぁぁぁぁっ!? 赤いエイリアンの侵略か!? 抱きつくな手前!」 しっかりとクリスを後ろから抱き締めてるのは、赤いスーツをまとった変質者……。 って、あー、すっかり忘れてたけど、リヤンだよ! 何だかぼろぼろになってるけど、それでもしっかりとクリスにしがみつく。 うわ、コバンザメより性質が悪いね。 良い子は普通こんな事をしたら痴漢って叫ばれて裏拳の一つ二つは貰うから気を付けてね。 「ああ何と言いますかねぇ? 貴女に会えなくて、どんなに苦しかったか判りますかぁ? とにかくこの胸の深い傷を癒せるのは貴女だけなんですよぉ?」 「知るかそんな事! 離しやがれ馬鹿野郎!」 「例え死んでも離しませんてぐふっ!?」 「だったら死んで下さい」 氷点下の声が響いたすぐ後に、クリスのドレスにしがみ付いていた姿は地面に沈んだ。 あ、死んだ。 っていうのは嘘だけど。 叫ぶリヤンを後ろから、容赦も躊躇いも情けも無く踏みつけている人物は誰かな。分かるよね。 そう、最強教育係、ユーリィだ! ……帰ってきちゃったよ、この人。 あ、いやいや嘘です何でも無いですすいません。 「クリス様の半径5メートル以内には近づかないように」 「…………」 「返事は?」 「あの、ユーリィ様、顔地面に押し付けられてたら返事出来ないと思うんですが」 「ああ、それもそうですね」 当たり前な事を今更ながらに納得してユーリィはリヤンの頭から足を退ける。 ていうかトドメにぐりぐりって足でなじったよ、この人。 うーん、最近少なくなったけど歩き煙草の人が煙草を地面に落として火を消す仕草って言えば分かり易いかもね。 当然だけど良い子は歩き煙草は危ないからしちゃいけないよ! 何だかぐったりしてるリヤンを全く気にせずユーリィは懐から何かを取り出した。 思わず、ずざっ! と大きく後ろに引くクリスとベリー。 いやぁ、条件反射って怖いねぇ。 「どうかしましたか?」 「いや、その、なぁ?」 「何でもないと言えば何でもないんですけど」 「?」 勿論破壊度MAXの皮鞭が出てくると思ったからなんだけどねあはははは。 ……僕も思わず逃げかけた、っていうのはオフレコでよろしくね。 はいそんな事はカットカット。ユーリィが取り出したのは一枚の紙だ。 「とにかく、城内で怪しいと思う人物を探って来ました」 「……実際に探ったのは僕なんですけどねぇ……?」 「一名の犠牲により手に入れた情報です」 犠牲者に仕立て上げたのはユーリィだけどね。 ずるりっ、とリヤンは上半身だけ起き上がった。 踏まれて崩れたシルクハットの形を整えながら、何やらぶつぶつと呟く。 「全く、王女よりも大臣とか将軍とかの方が警備が厳重だ、って言うのはどういう訳なんでしょうねぇ?」 「そりゃあ、こいつの近くに置いておくと、護衛とか警備員の方が危険だからに決まってるだろ」 「……中々言ってくれるじゃねぇかベリー」 「事実だ」 ああ、段々いつものペースに戻ってきたね。これでこそベリーだ! え、嬉しくないって? クリスの警備は元から薄いんだろうけどね、何しろ問答無用だし。 と、そこでベリーは思い出したかの様に声を上げた。 ああ、黒幕が将軍だ、って事を言う気なのかな。 「そうだ、ユーリィ様、あの──」 しかし、ベリーの言葉はそこで止まる。さて、此処で彼の脳内を覗いてみよう。 『黒幕が将軍だ、と言う。→クリスとユーリィが速攻で将軍をシメに行く。→問題が大きくなって、結局、後始末はベリーに来る。→絶対に嫌だ。』 って事だろうねあはははは。 まあ、幾らこの国でもさ、ある程度の地位の人を、証拠も何も無くて処罰する事は出来ないだろうし。 だけどこの二人ならやっちゃうだろうから、ツケはベリーに回ってくる、と。 いやぁ、大変だなベリー! ていうかさ、クリスが狙われてるとか言うこと自体よりも自分の苦労を優先するあたりが人間として駄目駄目だよね! 「喧しい!」 「何ですか? ベリー護衛隊長」 「あ、いや、その、何でもないんです」 「そうですか……ああ、そうだ。ちょっと失礼」 「はい?」 ユーリィがベリーの襟首の後ろ側に手を伸ばす。身長差が多少あるんでそんなに近付かなくても届くみたいだね。 そうして教育係が掴み上げたのは、小さな四角の黒い箱……? 続いて自分のポケットから何かを取り出す。 えーと……小型の機械? 何だこれ? ──あ。これさ、あの、もしかしてストーカーさんとか御用達のアレですか? 覗き込んだ三人も、首を傾げるが、はっ、とベリーが気付く。 「あの……ユーリィ様……これ、もしかして……」 「盗聴器ですが何か?」 「やっぱりっ!?」 「何でそんな物仕掛けてるんだっ!?」 「ていうかそんなの持ってるなら僕が探った意味って何だったんですかねぇ!?」 三者三様の叫び声を上げるが、当のユーリィはいつもの様に涼しい顔。 ……いや、僕もまさか本当だとは……。 ていうかそれ、犯罪だよねあはははは。 と、そこでまたユーリィの爆弾発言。 「というか、裏で糸を引いてる人物は最初から見当がついていましたから」 『はいっ!?』 さらっと言われた言葉に三人がハモる。いやあ仲良いねこの人たち! 共通点は全員変人とか常識外ってことかな! ユーリィはその二つをしまい直すと正面に顔を向ける。 「ただ決定的な証拠がいまいち薄い──ですから、何かに使えないかとベリデアッツ隊長に盗聴器を設置させて頂きました」 「物のついでみたいな言い方っ!?」 「そのお陰で黒幕が彼──将軍と確定しましたので感謝致します」 「すいません、感謝はともかく盗聴器設置について俺の承諾とかはどうなったんでしょう」 「取っていませんが?」 「知ってるわ!」 あっはっは、つまりユーリィにとってベリーは使用レベルとしては家具と大差ないってことだね! 皆は他人の人権とかを侵害する行為は積極的にでも消極的にでも行っちゃいけないよ。 まあ生きてる時点でそれは結構難しいんだろうけどさー、何ていうか、此処まで堕ちるなってことさ! 「最近将軍の動向がどうも怪しい、と言うのはとある情報元から知っていました」 「……なぁ、その情報元、って言うのを聞きたいんだが、どう思うベリー?」 「止めとけ、世の中には知らなくて良い事もある」 「この人、裏社会でも結構平気でやっていけそうですよねぇ?」 ぼそぼそ呟く三人のことなど、やはり全く気にかけずにユーリィは続ける。 ここら辺の肝の据わり具合はすごいと言うかなんというか……。 でも、クリスの台詞を聞きつけたのかユーリィは言葉を付け足した。 「最近少しばかり不穏な動きが有る、という事でリリカナディアン王妃様から調査を命じられていたもので」 「母上が?」 「ええ、そうです。クリス様」 クリスの問いかけにだけはきちんと反応する辺りがユーリィだね。 まあ、普通はこういうことすると嫌われる確率が高いから注意だよ! しかし、クリスはまた首を傾げる。 「何でユーリィが調査するんだ? それこそ、この役立たず護衛隊長とか使えばいいのに」 「喧嘩売ってるのか腐れ王女」 「事実ですよねぇ?」 「更に喧嘩売ってるのか白髪頭」 「……やっぱり死んでおきますかぁ?」 じりっ、と間合いを取ったリヤンとベリーの間を、何かが一閃した。 ぼごっ! と床に穴があく。あー、言うまでも無くユーリィの鞭です ユーリィは何でもなかったかのように会話を再開。あの、穴空けないようにしようよ。 思わず姿勢を正す男二人。……本気で最近最強の名を欲しいがままにしてるね。 「まあ確かに、問題が公になっているならいつものようにベリデアッツ隊長に任せるのですが……」 「って、毎回毎回俺に片付け回ってたのはアンタのせいですかっ!?」 「これ以上酷使すると、ディアバン様が過労死しそうだったもので」 「……他にマトモに働ける人間いないのか、この国は……」 ぐったりとしたように、ベリーはうな垂れる。 ディアバン大臣そんなに働いてたんだねー……。可哀相に。 というか、ユーリィは、大臣を死なせてはいけない、って考えたんじゃなくて、きっとその分の仕事が自分に回ってきたら嫌だから、だろうね。 あー、この辺りさっきのベリーの思考と似てない? 他人の命より自分の楽を追求する姿勢。人間としてちょっと問題ありだよね! いやぁ、素晴らしく自分勝手な人たちだ! 「まあそんな事はさて置き」 「さて置かないで下さい」 「些細な事です。ともかくまあ、そこに居る消防車カラーに探って貰ったのは、将軍に加担している疑いのある人間です」 「消防車カラーって、僕ですかぁ……?」 「他にいねぇだろ」 突っ込んだベリーとリヤンの間に一瞬不穏な空気が流れたけど、さっきの一撃が効いてたのかそれ以上の事にはならない。 うーん、ユーリィは抑制力にはなってるけど、本人がとても自分勝手なことが問題かな。 いや、今更問題が無い人を求めようなんて思って無いけどね僕も。 「そこから証拠固めをして行こうかと思っていたのですが……この記録が有れば大丈夫そうですね」 「王妃様に提出するんですか?」 「そうなりますね」 「じゃあ……」 これで一件落着か、と言いかけたベリーの眼前に、一本の指が突き出された。 細いその指の持ち主は、綺麗な顔をしっかりベリーに向けたクリス。 「それじゃつまらねぇだろ」 彼女の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。 うわー……明らかに何か企んでるー……。 「そのまんま母上に差し出せば、こっそり内密に処分だろ?」 「まあ、そりゃそうだろうな」 確かに、仮にも将軍の立場にいる人間が王女を殺そうとしたんだもんねぇ。 大事だけど、公にするには体裁が悪い。国としてはね。 ベリーは将軍にも内心ちょっと共感してるっぽいけどさ。 訝しげに頷いたベリーに向けて、クリスは咆えた! 「それじゃあつまらん! 退屈な日常に一抹の刺激を!」 「あれで退屈とかほざくのか、貴様は!?」 「乙女は常に刺激を求めている!」 「似合わん単語を吐くな馬鹿娘!」 「喧しいボケッ! とにかくやると言ったらやるんだ! つー事で手伝え手前ら」 びっ、と指差された先にいるのは、当然のことながら男三人衆。 ユーリィは顔色を変えず、リヤンは帽子を持ち上げて、 「クリス様が望まれるならば」 「お手伝いしますよぉ?」 「って待て俺も!?」 受諾する二人の背後から一人突っ込んだベリーの絶叫は、何処にも届く事はなく。 青い青い空に、さわやかに消えて行きましたとさ。 って、全然さわやかじゃないしね。 |