14:王夫婦の意外過ぎる過去


「陛下は、私の前に将軍として活躍なさっていてな」

「はぁ……ってえ゛!?」

ベリーが頷きかけて、奇声を発する。

……あの王様が将軍?

いや、取りあえず空耳じゃ無さそうだけど。将軍ボケてないよね?

あ、ベリーが青い顔してる。ボケてる発言はまずいって? あははは、大丈夫。

何しろ語り部ってのは、都合が良い時だけ、台詞を聞かせる事が出来るんだから!

ここら辺はまあご都合主義って事で勘弁してね。

いや、だから違うって。何だか今日は話が脱線しやすいなー。

ともかく将軍は話を続ける。


「その様子といったら、『地獄の監督』と自軍兵士一同に恐れられていて……。他の国からは、『人間戦車』と呼ばれる程の猛者だったのだ」

「…………」


何だか何とも言えない台詞に、ベリーは呆然と立ちつくす。

えーと、何で将軍なのに『監督』なのかなー、とか、『人間戦車』って『人間大砲』と語感似てるよねー、とかそういうのはどうでもいいのかな!

ごめんちょっと混乱した!


「私はその時、直属の部下であったのだが、それはそれは恐ろしい人だった。日頃の鍛錬が何よりも大事だと語る人で、私も随分と鍛えられたものだ。一度他国と戦闘でも起きようものなら、真っ先に駆けつけて戦いの口火を切るような人でね。確かに厳しくはあったが、その様な、自分にも妥協を許さない姿勢を慕う人間も多かった」

「……俺、頭大丈夫だろうか……」

「ファンク護衛隊長? 聞いているか?」

「はい今の所は聞けています」


うわー、ベリー、本音が出たか。

まあ僕もそろそろ頭が痛くなってきたんだけど……。ついでに将軍、話長いね。

ていうか普通は司令官あんまり前線には出ないよね! うん、いや、作戦としてはありかと思うけど!

後はあれだよね、一般兵と命を共にする、って信条の人とか。

うーん、クリスのルーツはこれで判明だね。

え、納得はしてないけどね


「まあ、続けるぞ。それに王妃様。あの御方は隣国ドルナガからお嫁ぎになられたのだが、隣国の王は知っているだろう?」

「はい……確か王妃様の兄上だと」

「そうだ。しかし、実質的にドルナガの実権を握っていたのは王妃様だと言われている。にこやかな笑みで全く妥協せずに、自国に有利に外交を進めて行く、非常に政治的手腕に長けた御方なのだ。その時の二つ名が『ミス・鉄面皮』で……って、どうしたんだ?」


とうとう頭を抱え込んでしゃがみこんだベリーに、将軍が訝しげな声を上げる。

えーと、つまり、王様は戦車で、王妃様は鉄面皮だって言いたいんだね?

ってそうじゃねえよ! 語り部って誰も突っ込んでくれないから一人突っ込みなんだよ!

何か僕まで壊れてきた気がするよ。この国でまともでいる事は無理なのかな?

それはあの温暖化ぽわぽわ夫婦には全く似つかわしくない単語が出てきたからでー……。

将軍はベリーのその行動を別の意味に解釈したらしく、うんうんと頷いた。


「成る程、ようやく判ってくれたか。そんなお二方がいるから、シエーヌヴァルは平穏を保っている。しかし、このままクリス王女が即位したらどうする? あれでやっていけると思うか?」

「いや……ええと……」

「だろう? 本来なら、もっときちんとした生活を送り、国民に慕われる存在を目指さねばならん」


全く持って平穏じゃないと思うんだけどさ、今。

うーん……何て言うか、将軍、思ったよりも熱血タイプ?

思い込んだらまっしぐら、って人か。あはははイノシシみたいだね。

まぁ、確かにクリスが女王になったらそれはそれでかなり大変だとは思うけどさー。

仕事とかほっぽり出しそうだよね。って、ユーリィがいるか。

ただ……国民から慕われているか、って聞かれると……ねぇ?

どっちかって言うと、騒音しかもたらしていない気もするし……子供の教育にも悪そうだよね!

僕はどこの教育ママだよ、って話になってくるんだけどさ。

将軍はぐっ、とベリーの目前に迫る。怖いね。ベリー引いてるし。


「判るか!? 現状では、それは全く不可能に近い。言葉使いはどうにも悪いし、礼儀作法は面倒くさいと言い、あまつさえ、城で白昼堂々銃撃戦を行う始末!

「はぁ……」


その銃撃戦に参加してる者としては耳が痛いよね。

そもそも銃撃戦なんて一人じゃ出来ないんだから、対戦相手がいるのが一番の問題じゃないかと僕思うんだけど。

ああ、でもクリスに負ける護衛隊員じゃ護衛の意味が無いのか……でもクリスと張り合える人だと戦闘になる、と。

うわあ何だろうねこの堂堂巡り!

やっぱり曖昧に頷いたベリーの手を、将軍はがっ! と握った。


「それでだ、ファンク護衛隊長。物は相談なんだが……」

「は、はい、俺、じゃなくて私に出来る事なら」


将軍の迫力に押されたのか、壊れた玩具みたいに首を振るベリー。

確かに50過ぎでおまけに濃いおっさんの顔のドアップはキツイもんがあるかもねー。

声をひそめて、ゆっくりと将軍は言葉を紡ぎ出した。


「クリス王女を……亡き者にし」

「無理です」 

「…………」


思わず沈黙する将軍。そりゃあそうだよね。

もったいぶって言った台詞を、まさかコンマ0.3秒で断られるとは思ってなかっただろうから。

あっはー、なるほど、アーレンとかヒットマンとかで遠回しなのは止めて、一番近くにいる人間を使おうってことか。

だけどそれは台詞を言い終える前に即答されて終わり、ってね。

やあ、人生ってうまくいかないもんだ! 暗殺があんまりほいほい上手く行く世の中も嫌だけどさ!

将軍は少しの間思考停止してたみたいだけど、やがて慌てたような声を出した。


「何故だ!? というか何で即答!?

「いや、腐れ……じゃなくてクリス王女を狙うわけには……」


狙うわけにはいかない、次に続く言葉は。

『そんな事したら間違いなくユーリィに抹殺される』なんだろうけどね。

さすがにそれは飲み込んだみたいだけど、将軍は納得しない。

うん普通はそんな理由よりも先に自分自身の道徳観とか倫理観を重んじて断ると思うんだけど!

ベリー、もしかして暗殺自体は大して否定的じゃないのかな、やだねそんな護衛隊長!


「ちょっと考えろ! というかここは私の信念の見せ場なんだっ! 王女の為に国は滅びるぞ!?」

「俺は他人の見せ場作るために生きてる訳じゃないっ! というかそんなに思い詰めないで下さいっ! 何とかなりますから!

「なるかぁぁぁ!」


うわぁ、ディアバン大臣とユーリィの会話を思い出すねぇ。

前半はもっともな話だけど、後半一切の根拠が無い。

そうして今のクリスを目の前に出されてそんな台詞言われても信じ難いよね。僕はちょっと無理かな!

ベリー、段々ユーリィとかに毒されてきてるんじゃない?

ってああ、元々毒だったね!


「誰が毒だ誰がっ!? 大体なんで俺っ!?」

「王女に近づけて、尚且つ武器を持っていて不自然ではない。それを満たすのは、ファンク護衛隊長、君が適任なのだ!」

「だったら俺に言わないでも他にも護衛隊員は居ますっ!」


おいおいベリー。将軍そそのかしてどうするよ。

ちなみにこういうのは犯罪教唆です。勧めたらいけないから良い子は暗殺依頼を横流ししたら駄目だよ。

え、悪い子? 悪い子はそりゃお仕事だからってこういう思考はいけないんだよはい公明正大、正義第一!

……ごめんちょっと嘘だ。僕はもう真っ直ぐな正義のヒーローにはなれないんだよ汚れちまったから。

うんとりあえずそんなことはどうでもいいんだけどねあはは。

その言葉に将軍は少し心を動かされたみたいだけど、いやいやと首を振った。


「王女の近くまで行って、普通の人間が無事でいられるかっ!? 君くらいだ!」

何だかそれ、褒められてるんだかどうだか微妙なんですけど、とにかく無理ですっ!」

「そう言わずにっ! こっちも手詰まりなんだっ!」


うん、褒めてないね

じりじりと引いていくベリーの服の裾を掴んで離さない将軍。

うわー……何か別れを告げた恋人に、未練たらしく縋る人みたいだね。

そこでやっと気がついたのか、ベリーが眉根を寄せた。


「ちょっと……手詰まりって、まさか、今までのは将軍……?」

「あ!? しまった! いやいやそんな事はないぞ!」


今頃気付いたのかよおっさん。ていうか慌てて否定しても無駄なような。

ベリーも王夫婦の話でちょっとネジ飛んでたのかなー、気付くのちょっと遅くない? ねえ。

将軍は再びシャキッ、と背を正すと、一気にシリアスモードに戻った。

あー、さっき床で引き摺られたから服に埃が……。


「ファンク護衛隊長……この話は、内密に。いや、極秘だ。他言無用だぞ」

「そんな、幾らあの馬鹿……じゃなくてクリス王女にはどれだけヒットマン送り込もうが無駄だって判っていても、とりあえずまあ建前としては見過ごせません」


そして正直だなベリー。

本音はどうでもいいのかな、いや、多分本音としては『どうせ何やっても死なないだろアイツ(=クリス)』だろうけどさ。

うん、愛情の反対は無関心。この場合の愛情っていうのは恋愛感情じゃなくてもっと大きな人間愛ね。

まあとにかく、将軍は余裕の笑みでそれをかわす。

あの、将軍、顔にカーペットの痕がついてるんだけど。


「だったら何だ? 証拠がないだろう?」

「アーレン王子から聞く事も出来ますが?」

「ファンク護衛隊長、君が王子を脅して虚偽の申告をした、とも言えるんだよ?」

「……リヤンとかいうヒットマンからでも構いませんが」

「それは別に構わないが、その人物は私に頼まれた、と言っているのか?」

「う……」


証拠を求める人って大抵犯人だよね。いやまあそれはおいといて。

将軍バックれるの上手いねー。さっきまで引き摺られてたのが嘘みたいだ!

リヤンもアーレンから依頼された、って言ってたってことは将軍のことまでは知らないだろうし。

この様子だと、リヤンより前のヒットマンとかにも顔は晒してないんだろうね。

うーん、当たり前っちゃあ当たり前だけど、この国だと随分用意周到に見えるね!

いや、あくまでこの国では、の話だからね?

普通はこういう偽装工作してもどこからか調べ上げられるから真似しても無駄だよ!

しないとは思うけど、あんまり社会舐めちゃ駄目ってことさ。


「それではファンク護衛隊長、そろそろ出て行ってはくれないか? 私も忙しいんだ」

「…………」


さっきまで引き摺られてた人間が何を言う。

ともかく、ベリーは多少悔しそうな顔をしていたけど、大人しく扉へと向かう。

その背に掛かる声は将軍の重々しい声。


「繰り返すが、他言無用だよ」

台詞だけ聞くと格好良いけど間違えないでね皆、この人さっきまで袖にすがりついてましたから

扉を閉めてからベリーは溜息を吐いて片手を頭にやる。

情報整理が大変だね、特にベリーは将軍のことを知らなかった訳だしついでに王夫婦の話って結構後から来るんだよこれが!

ベリーは少しの間そうしてたけど、その内に他の兵士が歩いてきたので自分もその場を離れて歩き出した。

ま、多少沈んでてもベリーのことだ、クリスとの銃撃戦のことで絞られただけに見えるだろうね。

さーて、これからどうするつもりかな……。



引っ張っておいて本当アレなんだけど、一言いい?

放って置いてもその内見付かると思うんだけどこの大雑把計画。





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