13:馬鹿と言ってはいけません

「……で、一つ聞きたいんだが馬鹿娘

「何だ馬鹿隊長

「馬鹿娘、どうして……俺はこんな所に居るんだ?」


すっきりと晴れ渡った青空を見上げて、ベリーが呟いた。こんな所、というのは城の見張り塔。

灰色で石作りのその愛想も何も無い塔の屋上に、クリスとベリーはいた。

まあキラキラに飾り付けられてネオンとか輝いちゃってデコトラみたいになってる見張り塔なんか嫌だけどね。

ていうかそれもう見張り塔じゃなくてラブホテルの看板だよね


「もう老化現象が始まったのか? 登って来たからに決まっているだろうが」

違うわボケッ!


あ、キレた。

いやだねぇ、キレ易い大人って。もうちょっと寛大になれないものかな。

まあ寛大なベリーなんて怖い事この上ないけどさ!

ふっ、とベリーの茶色の瞳が遠くを見つめる。


「……最近、全ての者が俺に悪意を抱いている気がするのは気のせいか……?」

「何を言うんだベリー。馬鹿じゃないのか?


ぽん、とクリスはベリーの肩を叩いた。さりげなく暴言吐いた気がするのは気のせい?

さらさらした金髪に白い肌、桃色の唇。整った顔に浮かぶは、天使の様な笑み。

もっとも、ベリーにとっては悪魔の笑みだろうけれど。

ともかくそうだね、えーと、天使の皮を被った悪魔の笑みでクリスは告げた。


「そんな事は今更だろう」

「喧しいわ腐れ王女! ええい、俺はこんな事やってる場合じゃねぇんだよ!」

「暇な癖に」

「暇じゃねぇぇぇ!! 誰の所為でいつもいつもいつもいつもいつも忙しいんだと思ってんだ!?」


大サービスだよ大サービス。 『いつも』って5回も言ってくれたよ奥さん。 え、嬉しくない?

そして聞いてよ、見張り塔の下にも一応兵士が立ってるんだけどさ、こっち見上げもしないの。

……ねぇねぇ、やっぱりこの国変じゃない? 変じゃない? 今更?

細い指を顎に当てて数秒クリスは考えて、そうして鼻で笑った。


「はっ、そんなもの手前の力量不足だろ」

全部貴様の所為だ馬鹿!


かっと目を見開いて叫ぶベリー。それにしても王女に向けて馬鹿連発。

うん、思う人間はいても、普通口に出したりあまつさえ本人の前で絶叫したりはしないよね!

しかも王女様、それに対して鼻で笑った挙句に嘲笑ったりしないよね!

うーん、ピンクのドレス、似合ってるよ。外見には。中身はあれだよ、フルメタル装備でいいんじゃないかな。


「っ……もういい! 俺は仕事に戻る! 何時までも付き合ってられるか」

「手前の仕事は私の護衛だろうこの馬鹿め!」

「馬鹿馬鹿言うな馬鹿娘! 今の時間は違う隊員の担当だ、俺は他にも忙しい!」


そう言うと、ベリーは振り返りもせずにさっさと下へ降りて行った。

確かにまあ、護衛隊長ではあるけれども四六時中一緒な訳じゃないんだよねこれが。

他の人よりは一緒にいる時間は長いけど、やっぱり仕事はそれだけじゃないみたい。

まあ、護衛がいなくても全然平気そうっていうか護衛が騒ぎ大きくしてねぇ?

その背を見張り台の上から見送りながら、クリスはちっと舌打ちをした。


「全く、使えんな」





さて、ここは城内。

絨毯の敷き詰められた室内はそんなに飾り付けられていないっていうか、どっちかっていうと殺伐としてる。

必要なもの以外は皆無じゃないにしても、あんまり置いてない部屋だね。

そうしてその部屋の中で、一人呟く声。


「全く、使えんな」


え、さっきと一緒だって?

やだなあ、こっちは将軍の言葉だよ! 何だろうね、シンクロしてたんだよきっと!

五十過ぎのおっさんと十六歳の娘っこでシンクロすべき台詞じゃないとは思うけど!

まあともかく、クリスが使えない、って指したのはベリーだけど、将軍が指したのはアーレンだろうね。

ていうかさ、確かにアーレンは使えないだろうけど、最初に気付けよって話じゃない?

幾ら下手な鉄砲数撃ちゃ当るって言ってもさー、BB弾じゃ仕方ないよ?

ああごめん、アーレンはBB弾程威力は無いか、水鉄砲?

ちなみにディアバン大臣はちゃんと医務室あたりに運んできたみたいだよ。常識的な判断だね。

だから大臣ラヴなお嬢さんたちも安心して良いよ! いない? うん知ってる!

良かった良かった。大臣はこの国唯一の良心みたいな人だもんね!

彼が居なくなったら本気でブレーキかける人がいないからね、この国。

何で暴動とかが起きないかはこの国の人の反応見てれば分かるよね。多分あんまり気にしてないんだこれ。


「今度は誰を使う? 生半可では返り討ちに会う……かと言って、私の部下だと足が付く恐れがある……いや待てよ……だが……」


独り言多いねこの人!

これで盗聴とかされてたら一発だよねー、あははははは。

……ユーリィとか仕掛けてたりしないだろうな。有りそうで怖いよ。

さて、そんな事はともかく。

コンコン。

ノックの音だ。聞けば判る? やだなぁ、咳かも知れないでしょ、状況説明って大切だよ。

将軍は独り言を止めて、ドアを見詰める。それに合わせるかの様に響く声。


「将軍、失礼します」

「入って宜しい」

「はい」


将軍の許可に答えたその声は、若い男のもの。

ああ、普段より落ち着いてる風だから分かりにくいけど、この声は。


「用件は? ファンク護衛隊長」

「はい、定例報告です。王女との交戦により破壊された壁その他の修理費等について……」


そう、ベリー、ベリデアッツ・ファンクだ。いつもと同じように護衛隊の制服に身を包んで将軍の前に立つ。

あー、成る程。クリスの後始末で将軍の所に来た訳ね。

台詞だけ聞いてると、すっごいまともそうだよね。いや、台詞だけね。

こうやって普通にしてれば、美形ではないけど一応まともに見えるのにね。見えるだけだよ。

ベリーの言葉を聞いて、わざとらしくため息をつく将軍。


「……ファンク護衛隊長、先月は何度だ?」

「はぁ、先月は19……いや、20回ですね」

「1ヶ月の3分の2は王女による破壊活動が起こっているという訳だな?」

「はぁ……」


嫌味っぽく言う将軍に、やや沈んだ調子のベリー。

まあ、その大半に自分も関わっているわけだしねー。銃撃戦で壊れたものの三分の一は彼のせいかな!

ていうか、王女による破壊活動が日常的に行われているこの国ってどうよ?

え、それでよく財政難に陥らないよねって? そりゃまあ色々と。

大人の世界はさて置いて、座っていた椅子から立ち上がって将軍は壁を見詰める。


「どうも王女には、この国を背負って立つという心構えが足りないようだな」

「はぁ」

「全く、教育係はどんな教育をしてきたのやら……」

「…………」


その台詞には、ベリーは無言を決め込む。

迂闊な事言ったら消されかねないからだよ。誰にって、ユーリィに決まってるでしょ?

しかし、その後に続く沈黙に耐えられなかったのか、何とか言葉を繋げる。


「で、ですがまあ、ユーリアーノス様も最善を尽くされているのでしょうし……」

「最善を尽くしても結果が出なければ意味が無いだろう?」


にべもない将軍。そうして彼はまたため息をついた。

まあ正論だけどさ。幾ら反省文書かせたって、行動自体は全く変わってないし。

ユーリィの言うことは聞くみたいだけど、それだけじゃあどうしようもない。

あ、これはユーリィがいる前では言わないよ。怖いからね。

そして、将軍は唐突に振り向いて違う話題を振る。


「ファンク護衛隊長、君は確か、生まれはこの国ではなかったね?」

「は? はい、生まれはここでは有りませんが……それが何か?」

「何年前からシエーヌヴァルに来たんだ?」

「えーと……4、5年前ですかね」


あー、そういえば、ベリーって違う国の人だったんだ。

5年前って言うと15歳か。若いねー。いや、今も若いんだけどさ。

だから適応力に優れてるのかな、もうすっかりこの国に馴染んじゃって。前から素質はあったのかもね!

あれ、でもそうすると5年の間に護衛隊長までになったって事か。

凄い出世とも言えなくは無いけど……ベリーにそんな能力が有る様には

ああ、うん、王女相手に罵声かけたり銃撃戦やったりして平気ってのはある意味能力かな!


「……やっぱり、絶対誰かが俺に悪意を持っている……」

「ん? 何だ?」

「いえ、何でも有りません……」


あははは、やっぱり立場弱いねー。って睨まないでってば、僕の仕事は事実を伝える事なんだからさー。

まあ多少主観とか偏見とか気分とか入るけどね!

え、僕の居場所? うーん、それはちょっとトップシークレット。時と場合によって変わるってことにしといて?

さ、それより先に将軍の話だよ。


「まあ、そうすると、現陛下が即位する前の事は知らない訳だな?」

「そうですね」

「だったら、今の状況に危機感を抱かないのも、もっともという訳か……」

「はぁ……」


ため息をついた将軍に、生返事を返すベリー。

そりゃあそうだよね。あの脳内年中温室栽培の王様を例えに出されても……。

即位する前、って言ったって今と大して変わらないんじゃない?

覚えてない人のために説明しておくと、最初の方で何も考えて無さそうな会話を繰り広げてた夫婦の片割れだよ。

王様相手にその台詞はないだろうって? だって僕この国の人間じゃないからさ!


「それでは、陛下や王妃のご成婚にまつわる話、というのも知らないわけだ」

「その頃になると俺、いや私はまだ二、三歳になりますね」

「なるほどな。君はまだ若い。未来を考えるときに希望の方が先立つ訳か」

「いえ若者全部が明るい未来を描けるわけじゃないと思いますがというか現在明るくないんですけど


ちょっと本音漏らしちゃったねベリー!

あはは、確かにこんな日々送ってるとさ、未来の希望がどうとかより目先の事が心配だよね!

うん、僕だって何かもういつまでまともでいられるのかなとか気が気じゃないもん。

え、元々まともじゃないんじゃないかって? そんな事は無いよ。


「よろしい、それでは話してあげよう」

「はぁ」


机を回り込んで、ベリーの前まで来た将軍の言葉に彼は大人しく頷いた。

何が言いたいのかはよく分からないけど、つまり王様と王妃様のことだよね。

あの会話からはクリスとかアーレン並のヤバさも感じるんだけどさあ……一緒じゃない?


あ、当然のことながらベクトルとしてはクリスの方が危険だと思います





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