12:ザ・ジャッジ!
「まだ認めないのか……天国の母上が泣いているぞ! そりゃもう号泣だ!」 「俺の親はまだ死んでねぇっ! 勝手に殺すな腐れ王女っ!」 「それじゃあ私が説得を頼みに行ってやろう。道を踏み外した息子さんをせめてその手で送って」 「どこに送られるんだ俺はっ!?」 「それは勿論天国にでしょう」 「ユーリィ様が言うと洒落にならないので止めて下さいマジで」 「それじゃあ僕が言いますかぁ?」 「うるさい近寄るな変質者!」 あっはっは、ごめんね、まだやってるよこいつら! 議論だけは白熱してるよね、うん、もう盛り上がりも最高潮みたいな? と、いっても真相解明に努力する気は全くなさそうだけど。 何て言うかさー、彼らに任せておいたら解決しそうな問題もぐちゃぐちゃになりそうだよね。 うーん、このぐちゃぐちゃ具合を例えるなら、モロヘイヤに納豆混ぜて刻んだオクラをトッピング、とろみをつけるためにちょびっと片栗粉を入れて、醤油を入れてはい召し上がれって感じだね! かっかっかっかっ モロヘイヤは体にいいし、納豆だって……って、あれ、また足音? 笑い声じゃないよ、念の為。 え、何、まさか片栗納豆モロヘイヤオクラ添えにそそられた誰か? とか余計な事まで考えちゃったりね! で、今度は誰だろう……何だかやけに態度でかそうな音だけど。 扉の開く音も高らかに、足音の主は部屋へ足を踏み入れ 「アーレン殿、失礼致しまうわっ!?」 台詞の途中で入る悲鳴。 はーい、足音の主は将軍でしたー。当たった子、僕からの愛をプレゼント。 返却なんてそんな哀しい事を言わないでねマイスイートハート。 最近どんどん壊れてきている僕はともかく、そりゃびびるよなぁ。部屋の中が大惨事。 白目を向いてヤバイ域に達している王子と、流血沙汰になってる大臣。 ……ね、何でこれをオプションに漫才繰り広げられるのか僕としては非常に疑問なんだけど。 「──と、将軍!」 「逃げるなベリー!」 「逃げてるわけじゃねぇっ! で、将軍、これはその」 「ファンク護衛隊長……それにクリスカナディス王女、これは一体どういう事で?」 ぐるり、と室内を見回して尋ねる将軍。声ちょっと震えてるけど。 何かね、『人生において立ち会うべきではない場所に立ち会っちゃった人』って様子だね! あははは、僕だって本当なら立ち会いたくないさこんな流血万歳殺人未遂場面! 本当だよ! 元の僕はそりゃもう気のいい好青年、犬にも猫にも好かれるけど何でか鳥には敵対心を抱かれちゃって、紫とか緑のメッシュが入ったおばさまおばあちゃまに大人気さ! 嘘だよ! ……さー、ちょっと壊れて叫んで落ち着いたんで、ナレーションを続けようか。 将軍の言葉に、クリスも周囲を見回して、重大そうに一言。 「確かに、水が零れてるな」 『そこじゃねぇ!』 うあ、今度は将軍とベリーのハモリだよ。 あんまりウツクシくないけどね。美しいハーモニーって誰と誰なら出来そうかなぁ? ベリーとクリスならナニワのおばちゃんと張り合える罵詈雑言のマシンガントークになっちゃうしね! あ、ナニワのおばちゃんは『罵詈雑言の』って修飾詞は必要ないよ! さーて、空間とか世界観とか無視した解説はともかく、そこで将軍は大臣に目を向けた。 ああ、さっきまでベッドの上で白目向いてるアーレンで視線止まってたからねぇ。 「というかメルキオール大臣!? どうなさった!?」 慌てて駆け寄る将軍。忘れてるかも知れないけど、ディアバンの苗字はメルキオールです。 はい、ここで衝撃の事実発表。暗殺企んでる将軍が実は一番常識的でした。 揺さぶるも、ディアバンは生死の境を旅行中。 戻ってこられるのかなぁ、彼……。 花畑の向こうで亡くなったお父さんが呼んでたり、骸骨と手を取り合ってダンシングして死の舞踏絵図を完成しちゃったりしてるかもね! 「メルキオール大臣、お気を確かにっておごっ!? ユーリアーノス教育係!? 何で花瓶をっ!?」 「いえ、ディアバン様のご容態を見るために近づいただけですが、何か?」 「何で気配消して近づいてくる!?」 「あ、お気になさらず」 「するわぁぁぁっ!!??」 ユーリィ、どうやら将軍の背後に忍び寄っていた様子。しかも花瓶つき。 もしかして、将軍も亡き者にする気だったのか? いや、ディアバン死んでないけどさ。 ……ていうかね、僕にもね、ユーリィがいつ花瓶拾って回り込んだか分からなかったんだよ母さん! 将軍だってユーリィの気配に気付いたんじゃなくて、たんに後ろを向いたら居た、って感じみたいだし。 ねぇ、この間から思ってることなんだけどさ、ユーリィ本当に人間? 「大体! アーレンウォルド王子が大怪我をしている時に大騒ぎをして──」 「アーレン? ああ、そういえば居たか」 青い瞳の美姫クリス。放つ言葉は極悪非道。 最近心から思うんだけどさ、やっぱり人間って性格で選ぶべきだと思うよ。友達とか恋人とか。 将軍は憤慨したようにベッドの方を向いて、そして叫んだ。そりゃもう盛大に。 「ってアーレンウォルド王子っ!? 何で白目剥いて泡吹いてるんだっ!?」 「ご容態は芳しくないご様子ですね」 あれー、将軍、さっきまでアーレン凝視してたと思ったんだけどなぁ。 ああ、そっか、認めたくない現実って目に入らなかったりするんだよね! 自分でやったくせに、どうしてそういう台詞を吐けるんだユーリィ。 何だか改めてこの人が怖いと思いました。 将軍は心なしか顔を青ざめさせてぎぎぎっ、と振り返る。あはは、油の切れたロボットみたい。 「と、とにかく……ここは私が医者を呼ぶから、クリスカナディス王女たちは出て行って下さい」 「まー、アーレンから話聞けそうにもないしな、もう用は無い」 「つーか元凶は誰だと思ってぐぇっ!?」 「ベリデアッツ隊長、どうなされました? 早く行きましょう」 「首首首っ!! 頚動脈は絞めないで気絶するって!!」 クリスに文句を言いかけたベリーの首を、細くて長いユーリィの腕がぎちっと絞める。 文字通り必死でユーリィの手を叩くベリーだけども、叩かれてる当の本人は全く平気な顔。 うーんとね、確かにさ、ユーリィの方が背は高いよ? それでも外見からすると、ベリーの方がよっぽど筋肉はある様に見えるんだよ。普段クリスとドンパチしてるしさ。 だけれどそんな彼でも最強教育係には敵わないってこの人どんな鍛え方してるんですか。 「さて、クリス様も行きましょうか」 「あ、ああ……」 「ご愁傷様、ですかねぇ……?」 「ってか……勝手に……殺すんじゃねぇって……」 すっと目を逸らす王女と赤いヒットマンに向け、ベリーは顔を真っ赤にしつつ、苦しそうに呟いた。 早く外に出てあげないと、本気で死にそうなんですけど? いやー、彼の毎日命がけだね! ともかく、扉の残骸踏み越えて一行は外に出た。 外はさっきの惨事なんか嘘の様に落ち着いて、静かで、鳥の声とかもして──。 もう何か全部嘘で良くね? 僕としては何でこんな場所であんな流血沙汰とか普段の爆発沙汰とか巻き起こすこの人たちが不可解だけどね! あ、うん、分かってるよ、分かってるよ皆、皆にだって不可解だよね? 理解できるって子はごめん多分僕とは未来永劫分かり合えない運命だ。 三人が歩く滑らかな大理石の柱の並ぶ廊下は吹き抜けになっていて、この間の破壊の爪跡を未だ残す中庭が見下ろせた。 勿論じゅうたんも敷き詰めてあるから歩くとふかふかして気持ちいいよ。 そんな風景がしばらく続く中、ぽつりとユーリィが漏らした。 「しかし、気になりますね」 無表情だが容貌自体に関しては皆から絶賛のその顔を中庭に向け、感情の揺らぎの無い声の余韻は消える。 蒼い瞳は何を捉える訳でもなく、宙に。 その傍らに、金髪の少女がつと近寄った。こちらも類稀なる美貌を持った王女は、遠慮がちに声を発する。 「いや、あの、ユーリィ……?」 「はい、何ですかクリス様」 くるりと振り向いたユーリィに、引きつりまくった笑顔を向け、クリスは一点を指差した。 その先には、未だ首を絞められたままのベリーの姿。 はっはっは、折角僕が見ないようにして極力詩的に描写してたのに台無しさ! 「と、とりあえず、離さないとヤバイんじゃ」 「ああ、そういえば。考え事をしていて忘れていました」 忘れんな。 うあー……何かもう、真っ赤通り越して紫になってる。 どさっ、と床に落ちたベリー。失礼だけどゾンビみたい。 「何だか……哀れですねぇ?」 「生きてるといいがなー……」 ぼそぼそと呟くクリスとリヤンをきっぱりと無視し、ユーリィは再び思案顔へ。 いや、顔は格好良いんだけどね、そういう問題でもないような。 格好よいからって何もかも許されると思ったら間違いだよ。 え、じゃあ何でユーリィは許されるのかって? あはは、彼は不条理だからね! 「それでぇ? 何が気になるって言うんですかぁ?」 ぱたぱたと、シルクハットを仰いで、ベリーに風を送ってやるリヤン。 クセ毛なのか少し跳ねてる銀髪のそのヒットマンの隣で、クリスも手で煽いでやる。 今初めて、この人たちにも温かい血が通っていたんだと確認出来ました。 というか、これが素晴らしい事のように思えるこの国がヤバイだけなんだけどね! ……この国、絶対観光とかには行きたくないなー、僕……。 「アーレンウォルド王子が自主的にクリス様を狙うとは思えない、だとしたら、一体誰が狙うか? という事です」 「ああ、まあベリーが気絶してるから真面目に考えてみるか」 「そうですねぇ? 刑事ドラマの真似も結構良かったんですがねぇ?」 やっぱりあれは遊んでたんかあんたら。 可哀相にベリー……この三人、誰かで遊ぶ時は無意識のうちに結託出来る模様です。 え、刑事ドラマ云々の台詞は深く考えちゃ駄目に決まってるよ? 分かってくれるよね皆。 ふーむ、とクリスは考え込む。 突っ込み役がいないと真面目なのか、クリス。 シルクハットを動かす手は止めず、リヤンの赤い目はクリスを仰ぐ。上目遣いでも可愛くないよ。 「とりあえず、僕に依頼してきたのはあの王子でしたよぉ?」 「まー、黒幕がアーレンを操ってた、って事だろーな」 「この城にいる人間なら誰でも考え付く事でしょうし」 あっさりと告げるクリスとユーリィ。そんな当然のことの様に。 アーレン……そんなに弱いのか。 ていうかこの城の人たちって何。何なの、僕の常識間違ってる? 間違ってるかな、ねぇねぇ? まあ、主が主なら、部下も部下、って感じかな! クリスはさらさらした金髪をうっとおしげに払うと、眉根を寄せて中庭、そして対面側の廊下を眺める。 「でもそうすると、城中容疑者だぞ?」 「暗殺を頼む人間なんて限られるものじゃないですかねぇ? 例えば、クリスさんが死ぬと利益を得る人とかぁ?」 「利益は得ないでも、恨みが有るかも知れません」 「私が恨みを買うわけないだろう」 『…………』 思わず黙り込む男二人。 ああ、ここで初めてユーリィとリヤンに意見の一致が見られました! 貴重だね! それだけ自覚無いんだね、この王女様は。 うんと、ひたすら自分街道を突っ走ればこの域まで行けるのかな。僕は行きたくないけどねそんな修羅の道! 「まあ、それは置いておきましょうか」 「そうですねぇ?」 「オイ待てコラ。何で目を逸らす」 「とりあえず、まずは近辺の者を洗った方が良さそうですね」 さらりと流すユーリィはさすがに年季が入っているというか何というか。 まあ、今更この国の人たちが王女狙うとも思えないしね。 不満があるとしたら、王女と護衛隊長の銃撃戦が五月蝿いとか、それで仕事が邪魔されるとか、あるいは余計な仕事が増えるとかはあるだろうけど……。 はっはっは、しっかり恨み買ってるかもね。それこそ今更だとしても! しかし、アーレンを身代わりに使えないとなると、今度は黒幕──ていうか将軍は誰を使うのかな? 今度は自分かなぁ。 でも結構あの人慎重そうだしねー。態度でかい割には。 あ、ちなみにこの部分はオフレコだから聞こえてないよ。 真実をそんなに簡単にばらしたら面白くないよね! ていうか基本的に語り部って情報を与えちゃ駄目なんだよ。 違反すると減給処分になるからさぁ、これも大人の仕組みってことで理解してね。 顔色が多少良くなったベリーに、リヤンはシルクハットを被りなおした。 「近辺の者……って言ったって、結構居るんじゃないですかぁ? 全員洗う、何てこと可能なんですかねぇ?」 「それは勿論、私の情報網を使えば造作も無い事です」 『…………』 今度はクリスとリヤンが黙り込む番。 ……何だかこの人敵に回すと、闇から闇に葬られそうだねー、あはははは。 笑い事じゃねぇよ。 そういえばこの人、クリスの所にいる時以外は何してるのか僕にもさっぱりわからないんだけどさ。 知らない方が良いよね! 「──……そ……それじゃあ、そっちは、任せる」 「ご期待に添えるように努力します、クリス様」 棒読みチックに言ったクリスに、恭しく礼をするユーリィ。 こうしてれば、実直で真面目な美形……なんだけどねぇ。まあ、人は見かけに寄らないっていうし! いや、違うか。『人間は顔じゃない』かもね! 「さて、それじゃあ私は……」 言って、整った造作の唇の端を歪め、にやりと笑うクリス。 うわー、明らかに何か企んでそう。 リヤンもそれに気がついたのか、くすくすと笑みを浮かべて近づく。 「クリスさん、お手伝い致しますよぉっぐっ!?」 「ああ、ミスター唐辛子もこっちの手伝いを。ついでにクリス様の半径3メートル以内には近寄らないように」 あ、ユーリィの皮鞭に捕まった。 首に紐の様に絡んだそれは、どんな仕組みになっているのか引っ張ってもとれないみたい。 それってもう皮鞭の域を越えてるじゃんとか思っても言わないでね? お願いだよ? 僕も考えたくないから。 「横暴じゃないですかぁっ!?」 「死にたいなら止めませんが」 「…………ま、頑張れ」 「クリスさぁぁぁぁんっ!?」 ユーリィに引き摺られ、消えていくリヤンに手を振るクリス。あー、なんて言うか、ノスタルジーってやつ? ちょっと違うかな、何となく意味を汲み取ってくれるかな、メランコリックとかでもいいんだけど! クリスとアーレンを思い出すね。今は無き日々。 銀髪男二人の姿が見えなくなると、クリスは拳を高々と掲げて、こう宣言した。 「よっしゃあ! 久々に暴れてやるぜ畜生っ!!」 暴れる気全開ですか、王女様。 青い瞳はまっすぐに空を見詰め、突き出された白い綺麗な肌の拳は力強く。 そしてその足元では、ベリーがうなされていたとか何とか。 可哀相に、起きたらすぐにまた面倒事に巻き込まれるんだろうね。 平穏な日々? あはは、何を言ってるのさ。 彼がクリスの護衛隊長である限り、そんなもん来る訳ないでしょう? |