11:怪我人の前ではお静かに


シュー、シュー……



閉められたカーテンの中、白いベッドに横たわる人。音はあれね、酸素とか送る機械のだよ。

何だか妙に大怪我してますが、一体誰だろうね。ミイラみたいになってて顔見えないや

そして横には、悲痛な顔をした大臣。名前忘れられてそうだけど、ディアバンさん。

この間出たときよりも随分とやつれてるねー、かわいそうに。何があったんだろうねぇ?


「あああ……お労しや、アーレン王子……


………………。

そうか、アーレンか!

いやあ、一体何処に行ったのかと思ってたよ! 僕もちゃんと把握してなかったしね!

クリスに吹っ飛ばされてから見てなかったけど。大怪我して寝込んでたってわけか。

はっはっは、何か久々に人間らしい人間を見たって感じするね!

手榴弾投げる王女とか、バズーカ直撃で無傷の教育係とか、王女に実弾ぶちかます護衛隊長とか、色んな意味で王女を狙うヒットマンとかしか最近見てなかったから。

……ごめん、なんか僕唐突にこの話の語り部降りたくなってきたんだけど。

大体なんでこの国人外オンパレードなの? 奇人変人さん大集合? 僕も類友? 嫌だよそんなの!

まあとりあえず給料分は働きましょう。さくさくと。この辺りは大人の事情ね。

だから皆、仕事から疲れて帰って来てるお父さんとかに当たっちゃ駄目だよ世間て辛いんだ!

さて、現代の就職事情はともかくアーレンは絶対安静みたいだね。

ってあれ? 何だか足音……しかも随分な爆走らしき音がするんだけど。


どかどかどかっ、バギィッ!

あああ扉壊れた!


見目麗しいお姉様が来てやったぞ愚弟!

「見目麗しいって普通自分じゃ言わねぇだろ……」

「そんな所もフォーリンラブですよねぇ?」

「頼むから俺に同意を求めるな……」


扉を蹴破って現れたクリスに続いて、どかどかと他の面々も入ってくる。

かなり丈夫そうな扉だったんだけど、クリス、ヒールのついた靴で蹴破りました。

足首を痛める危険性があるから普通の人はやっちゃ駄目だよ!

ユーリィ、リヤンに続いて頭を抱えてベリーも入室。壊れた扉を見ないようにして現実逃避してるのが彼らしいっちゃ彼らしいね。

ちょっとの間呆気に取られていたディアバンが我に返って、慌ててクリスに縋りついた。


「姫様! 扉を蹴破るとは何事……じゃなくて、アーレン王子は今面会拒否中で」

私を拒否する権限など何人たりとも持つものか!

「何様のつもりだお前は」

「それは勿論、儚く美しい王女様


一瞬の躊躇いもなく、クリスははっきりきっぱり言い切った。

天晴れなり。自分を知らないって怖……いえいえ何でも無いです。

確かに綺麗だとは思うけどさー……儚くはないよね、儚くは。

ああ、そっか、よく言うけどさ、『人に夢で儚いと読む』じゃん?

『お姫様は清楚で可憐だっていう幻想を持つ人は、クリスの外見で夢を見て、儚い気分になる』ってことかな!

間違ってないよねこれ! 元の意味はともかく間違ってないよね!

そして、面会拒否っていってもディアバンは会ってるわけだから、クリスの面会は拒否ってことだろうね。

そりゃそうか、クリスと一緒じゃアーレン余計に怪我しかねないしさ。

ディアバンはクリスに抗議するのは無駄だと踏んだのか、今度はユーリィのマントにしがみ付く。


「ユーリアーノス殿っ! 姫様を止め」

「さてアーレンウォルド様、さっさと吐いて下さい

「うわぁぁぁ! ちょっと絶対安静なんだからっ!?」


はっはっは、クリスを止めるどころか、ユーリィがアーレンをシメてるよ。

うっわぁ、無表情でがくがく揺さぶってるからマジ怖えー……。

マジとか言っちゃうくらい怖いってことさ! 怖いときって言葉の乱れとか気にしてられないよね!

当然の如く、ディアバンがそれを必死に止める。


「ユーリアーノス殿!? あんた教育係でしょうがぁ!?」

「生憎私はクリス様の教育係ですので、アーレンウォルド様がどうなった所で全く問題有りませんから。ご心配無く」

そういう問題じゃないっ!!


狂ったように頭を掻きむしる大臣。気持ちは判るけど。

──ユーリィの興味関心及び人情はクリスにしか発揮されないのか……。

……いっそ何て言うかさ、この二人だけでどこか閉じこもっていて欲しいよね。世界平和の為に。

でもクリスが一箇所に引き篭もるわけもなし、無理な相談か。やめよう、儚い夢は。

そしてとうとう最後の頼みの綱なのか、ディアバンはベリーにずざざざっ! と寄ってくる。

うーんと、じゅうたんの上を滑るようにって言うのかな……とりあえず怖かった、大臣


「ベリデアッツ隊長、姫様とユーリアーノス殿を」

「申し訳有りませんが無理です」

「あああちょっと!? 露骨に視線逸らすな!

「喧しい! 腐れ王女だけならまだしも、ユーリィ様まで相手にできっか!?」

「そこをなんとかぁぁっ!」


敬語まですっ飛ばした上に明後日の方向を向いたベリーに、ディアバンは絶叫する。

本音が漏れたベリーな訳ですが、まぁ、普通にあの二人の相手は嫌だろ。

暴走王女と不条理教育係。敵にしたくないけど味方でも僕嫌だな。

あー……そんなことやってるうちに、ユーリィのせいでアーレンまた白目剥いてるよ。

今度は何かちょっとヤバそうだけど、大丈夫かなぁ。まあアーレンだし。

ところで皆、こんな世界だと忘れがちな『人に優しく』って言葉を覚えておこうね!

僕はすっかり忘れてしまったようだけれど

一言もなく気絶したアーレンに、ちっ、とクリスは舌打ちする。


あの程度で……軟弱者め

「いやそれ違うから」


冷めた声でベリーは呟く。もはや怒鳴る気力も無くしたか。

敵に回す気はなくとも……いや、敵に回す覚悟もあるのかもしれないけど、とにかく突っ込みは忘れない。それがベリー。

アーレンを完全沈黙させた当人、ユーリィも深く数度頷いた。


どうもアーレンウォルド王子は耐久力に乏しい模様ですね


耐久力の問題?

ねえねえ、それって大人がよくやる『責任転嫁』とか、『論点のすり替え』ってやつじゃないかな。

あはははは、僕はまっとうな道を歩きたいんだけどね、無理そうだよね!

どんどんこの国に染まっちゃったらもう僕まともになれない気がするんだ。

その横では大臣が、『ああアーレンウォルド王子ぃぃぃ』とか言ってたりするけど気にしないようになっちゃったし。僕。

まあ誰も気にしてないんだけどさ。

くるりとクリスが振り返り、リヤンの方を見る。


「とりあえず前提として聞いとくが、手前の依頼主はこいつなんだな?」

「その通りですよぉ?」

「って貴様、さっき依頼主のプライバシーは厳守って……」

愛の前に全ては無力なんですねぇ?


なるほど、ベリーに対して愛は無いからさっきは答えなかったってことか。

ま、もっともクリスは知ってたし、リヤンにはベリーに説明する義理も義務もないわけだし。

ユーリィは確認も取らずシメてたけど、確信があったのかそれともただのノリか微妙だよね!


「だが赤ピーマン、手前の依頼主は再起不能だから、詳しい事を手前に聞くしかねぇな」

「再起不能にしたのは誰ですかねぇ? ついでに名前……?」

過去は振り返るな


何気に一番最初に真っ当な突込みを入れたけど、さっくり返されるリヤン。

もしかして本気でクリス、リヤンの名前覚えて無いんじゃ……? リヤンルウジュ・ホワイトマンだよ。

クリスがアーレンに指を向ける。ひらりと袖のフリルが踊って可愛いね。あ、服がね


「とりあえず、この根性無しで軟弱者で陰気な愚弟が、自発的に私にヒットマンを送り込もうなんて天地が引っ繰り返っても有り得るはずがない」


さりげに暴言連発のクリス王女。

信頼されてるんだねアーレン! いや、色んな意味で。

あ、色んな意味って主にマイナスイメージの言葉が入るから好きに想像して頂戴ね皆。

ともかくリヤンはクリスの言葉に頷いた。


「確かに……僕に依頼する時も後ろから黒子がカンペ出してましたからねぇ?」

「台詞すら覚えられんのかあの王子は……」

「ああ……未来は暗い……


やや絶望的に呟くベリーとディアバン。

そんな、今更再確認しなくても。

そしてそんな怪しい依頼まで受けるリヤンもリヤンなんだけどさ。

これはやっぱりリヤンの性格も怪しいっていうか不審者だから怪しくてもいいってことかな?

そうだと思っておこうかうん、で、その声に被さるようにユーリィの無感動な声が響く。


「そうすると、やはりアーレンウォルド様の裏に誰か居ると言う事ですね」

「裏……って、何の話ですか? ユーリアーノス殿。それに……ええと、彼は?」


眉根を寄せて、胡散臭げにディアバンはリヤンを見た。

確かに、胡散臭い事この上ないし。

真っ赤なスーツ着て、ご丁寧にシルクハットまで被って、知らない男が現れたら。

うわ怖え。

くすくすとリヤンは笑い声を漏らす。あ、ちょっとディアバン引いてるね

僕でもやだけどさ、幾ら年齢不詳っていっても二十歳は越えてそうな男がくすくす笑いながら前に立ったら。

即通報されてもおかしくはないと思うよ、うん!


「聞きたいんですかぁ? いいんですねぇ? 僕は泣く子も黙る──」

ただの赤い変質者ですからご心配は要りません

「ちょっとぉ!?」


ユーリィの身も蓋もない説明に、リヤンが顔をゆがめる。

うん、ある意味黙るよね、泣く子も吃驚真っ赤な男。あ、教育に悪いから子供の前になんか出しちゃ駄目さ!

それをいったらクリスもアーレンもまだ子供の部類なんだろうけど……情操教育最悪だね!

さすがにそれじゃあ理解出来ないだろうと踏んだのか、ベリーが小さく付け足した。


「えーと……見えなくても自称ヒットマンだそうです」

「ヒットマン……これが? じゃなくて、何でそんな人がここに?」

「めんどくさいから説明省く」


ざっくりとクリスはディアバンの疑問を斬り捨てた。いやぁ、豪快なお姫様だ。

うん? 褒めてるわけないじゃないか。

ディアバンは、何かを言おうとして口を開き──


ごっ


鈍い音と共に、床に倒れた。

ワン・ツー・スリィィィ! ディアバン選手、ノックダウンです!


「話が進みません」


冷酷無情に言い放ったのは、やっぱりユーリィ。

あの……ディアバンさんもうお年なんだからさ……後頭部強打はやめようよ。

あ、当然のことながらお年寄りじゃなければ後頭部強打していいって訳じゃないよ、分かってるよね。

うん分かってるよ、この国の誰よりも僕よりもまともなのは皆だって!

……そう信じさせてくれるよね? 頼むよ本当、すぐに暴力に走る人にはならないでね!

ユーリィは手に持っていた花瓶をごとん、とそこら辺に投げる。

血がついてて気分は殺人事件。少なくともこんな人には絶対になっちゃ駄目だよ

『壊された密室! 謎は十数年前の因縁に遡る、闇夜に咲く紅の花は悪夢の香り!』

とか始まりそうだねあはははは。勿論嘘です。


「ともかく、アーレンウォルド王子がクリス様を狙うわけもありませんでしたね」

「腐れ王女とこの王子の関係からするとあんまり無さそうだよなぁ……」

「あの愚弟じゃどうせ黒幕についてもロクなこと知らなさそうだしな」

「あんまり自信無さ気だったものですから、僕も『このお客、本当に大丈夫なんですかねぇ?』と思ったくらいですしぃ?」


この四人、暴言連発です。

いや、確かにこの国で、ある意味最強な四人だけどさ。

それより待って、ディアバンのことには誰も触れないの?


「じゃあ── 一体誰が私を狙いそうだ?」


クリスの問いに、場はしん、と静かになり──。

一人に視線が集中する。

その名は、ベリデアッツ・ファンク


「って俺かよ!?」


咄嗟に裏拳で突っ込みを入れるベリー。何か段々順応してるねぇ。

でもその手が、拳になりかけの変な形ってあたりが混乱も表してるようだよ、芸が細かいね!


「そうか……手前なら動機も十分だな」

「いや待てそこの腐れ王女!? 証拠もねぇだろ!?」

「犯人は皆そういいますよねぇ?」

「喧しいわ怪人赤マント!(註:別にマントは着用しておりません)」


絶叫するベリーの横に、静かにユーリィが立つ。

身長差はこの二人もそれなりにあるんだけどさ、さすがにクリスとユーリィよりは目立たない感じ。


「ユーリィ様! 何とか言ってやって下さいよ!」

「ベリデアッツ隊長……」


ふっ、と憂いのため息をつき、美貌の教育係はベリーの肩に手を置いた。

長い睫毛は伏せられるように、揺らがない蒼の瞳は僅かに憂鬱気に。

そして彼は言い放つ。


認めてしまえば、楽になれますよ?

あんたもかぁぁぁ!!


もはや敬語はぶっ飛ばしで、ベリーは叫んだ。すでにノリは推理物。

ベッドで白目を剥いた王子と、床に倒れた大臣をオプションに、四人の言い争いはしばらく続いていた。


えーと、あのー……。

皆は人間らしい心をちゃんと持ってね、これ、マルキウェイとの約束だよ!






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