10:物騒な円卓会議
「というか……あんな下らない事やってる場合じゃなかったな」 「手前だって参加してただろうが、役立たず護衛」 「原因つーか元凶は誰だと思ってやがんだ腐れ王女」 びしっ、と二人の間で火花が散った。 ここの所、他の騒ぎに圧されがちで中々見られなかった、王女 対 護衛隊長の図。 テーブルを挟んだ二人が視線でバトル開始。 と、クリスの横、左右両方から呟きが出た。 「ベリデアッツ隊長、いつからクリス様にそんな熱い視線を送るように……」 「とりあえず消しますかねぇ?」 「何でそうなるんだっ!? ていうか仲悪いクセにそんな所だけ意見合わせるんじゃねぇ!」 真っ赤なスーツと同じ、赤いシルクハットに手を掛けたリヤン。 胸元から皮鞭(破壊度MAX)を取り出したユーリィ。 うわ、この二人相手じゃ殺られるね。 そういえばさっきまで思い切り殴る蹴るの暴行を嬉しそうに受けていたリヤンですが、もう回復しています。 まかり間違っても普通の人間には出来ないので絶対に真似しないで下さい。 何て言うかこう、注釈つけるのも面倒臭くなってるんだけどね、この人外の人たちを基準に考えられると非常に困るからさ! 人は実弾で撃たれれば怪我するし死ぬ可能性も高いし、殴る蹴るをされれば痛いしこっちも死ぬ可能性はあるからね! え、だからこの人たちはもう人外ってことでいいじゃん。 身の危険を感じたのか、慌ててベリーが視線を逸らした。 ふっ、とクリスが笑みを漏らす。 「ふん、負け犬が……」 「やかましいっ! 大体誰の為にやってると思ってるんだっつーの!?」 「それは勿論、ヒットマンに狙われたか弱い私の為」 真顔で言うクリス。 ”強者”の名称を与えましょう。 何て言うか、嫌味でも皮肉でもなんでもなくさらっと言ったしさ! でもクリスがか弱いなら世界中のほとんどの人はか弱いよね僕含めて! ここで突っ込むのはやっぱりベリーしか居ないわけだけどさ。 「か弱い奴が『負け犬』とかほざくんじ」 「ベリデアッツ隊長、話が進みません」 「自分で言い出したんだから、きちんと司会進行お願いしますよぉ?」 「……ううう、孤独な俺……」 途中で台詞を男二人に遮られ、さめざめと嘆くベリー。 そう、今このテーブルにはベリーを含め四人が席に着いていた。 傍若無人王女クリス、最強教育係ユーリィ、そしてサドヒットマンリヤン。 ……色んな意味で、錚々たるメンバーだねぇ…… え、何でリヤンがいるのかって? ノリじゃないの? 気を取り直したのか、ベリーが言葉を紡ぐ。やっぱり彼も単純なだけかも知れないけど。 「まぁ、今更だし、この腐れ王女が狙われた所で問題無いっちゃ無いんだが……」 「んだと手前」 「だって、大抵のヒットマンはお前の所に行き着く前に護衛隊で片付けてるはずだぜ? こいつは例外だったけど」 言ってリヤンを顎で指すベリー。 くすくすと、得意げにリヤンは赤の瞳が細める。 白い手袋を嵌めた手が、す、と肩の高さまで上げられた。 「そこら辺の弱者共と一緒にされちゃあ困りますねぇ? 何しろ僕は超一流──」 「色んな意味で常識外だったせいだが、他の奴はまあ常套手段ばっかりだったからな」 さっきの仕返しか、ざっくりとリヤンの台詞を切り捨てるベリー。 確かに、真っ赤なスーツ着て真昼間から目標の前に現れるヒットマンて──滅多にいないよね? うーんと、そこにいるかもしれない、ぴかぴか光る電球を身にまとって輝かしいネオンの如く陽光を浴びて華麗に暗殺するのが私の手法なんですっ! って暗殺者さん、やっぱりちょっと黙っててくれるかな。 リヤンの声が、先程よりも低くなってシルクハットに手が伸びる。 何気に結構短気だよね彼! 短気っていうか短絡的っていうのかな、情動的? ま、リヤンだからどうでもいいか! 「……貴方喧嘩売ってますかぁ? 売ってますよねぇ? さっきから偉そうにねぇ?」 「売ってるが悪いか闘牛士」 「そんな事より、話すべきことはあるでしょう?」 二人の会話を、ユーリィが遮る。 さっきの皮鞭で壁粉砕が効いているのか、二人とも思わず口を閉ざす。 その間に、クリスがぶすっとした顔で続けた。 「つーか、手前らが見過ごしたヒットマン、私のところにしょっちゅう来るぞ」 「は!?」 驚いて顔をクリスに向けるベリー。 態度からすると、全然気付いてなかったんだろうねー。このままじゃ役立たずって言われても仕方ないね。 あ、こら、語り部の方を向くんじゃないよ、僕はいないんだから。 「さっきからうるせぇんだよナレーター! んで、いつ狙われてるんだ?」 「それは勿論」 ううん、こうやって直に突込み入れられるのもちょっとやだよねー。僕は言論の自由を主張するよ! あ、でも勘違いしないでね、言論の自由には責任も伴うんだからね! 好き勝手言ったらその批判はきちんと受け入れなければならないんだよ! 僕? 批判を受けるどころか、命の危機にもさらされてるけど、どうよ? 迂闊な事言うと殺されかねないしね。え、誰にって? ははは、クリスかユーリィに決まっているだろうに。 それは置いといて、ふう、と憂鬱そうなため息を漏らすクリス。こうしてれば美人なのに……て失言。 普段が美人じゃないみたいだね、まあいくら顔が良くてもこの王女様は性格的にどうかとおもうけど! クリスは、そっと窓の外に視線を移した。外に憧れるように。 鳥が歌うような軽やかな声で、言葉を紡ぐ。 「ノロマな護衛隊長の目を潜って、街に遊びに出た時──」 「ちょっと待て馬鹿女」 ぴしっ、とベリーのこめかみに血管一つ。 はっはっは、僕の折角のモノローグが台無しだね! 今更だから慣れてるけどさ! ベリーは何かを必死で抑えるような口調で、尋ねる。あー、堪えてる堪えてる。 「つまり……人が折角護衛してるのに、そこから出て狙われてると?」 「当たり前だろう。気付かないのが悪いんだボケ」 「確かに、しばしば街に出られているようですね」 理不尽な事をいう王女様の言葉に唐突にぺらぺらメモをめくり出す教育係。 そしてとあるページで指が止まる。 何だろうね、予定表か何か? って、そんな訳ないか、クリスの口ぶりだと脱走みたいだし……。 城の兵士からの報告書とかかな? 「最近のでは──『クリスカナディス様がまた城を抜け出した。どうやら街で酔っ払いと賭けをしているらしい。危ないとは思ったが、これも社会勉強と思い見守った』とあります」 『見てたんかい!』 ……ユーリィの個人的な手記だったみたいだね。 ていうかこの人、他にも仕事あるだろうに、どうして王女の行動を逐一知って……いや、追及しない方がいいこともあるさ! で、無理やり話題を逸らしておくと、クリスとベリーの声がハモってた。だからどうしたって話だけど。 ベリーがばん、とテーブルを叩く。丈夫なテーブルは僅かに振動を伝えるだけで、軋まない。 「見てたんなら止めて下さいよ!? 嘘臭くても一国の王女なんだから!」 「ていうかいつから見てたんだっ!? 私の秘密がっ!」 「じゃかあしいわこの不良娘がぁぁぁ!!」 「脱走のロマンも判らないジジイが何抜かすっ!」 「そうですよねぇ? 禁止されればされる程燃え上がる……貴女と僕の愛の様に、ねぇ?」 「最初からねぇわそんなもん!」 クリスとベリーの不毛な掛け合いに、更にリヤンの自己陶酔に入った台詞も混じる。 ぎゃあぎゃあと一気に騒がしくなった。やっぱりこいつら騒音公害だよ。 と、ユーリィが懐に手を入れる。もしかして──。 ひゅ、と一瞬見えなくなる鞭の先端。 次の瞬間、ばちぃん!と音を立てて、テーブルが割れた。 ……うん、さっきベリーが叩いたときには軽く揺れただけだったんだよ。本当だよ。 「お静かに」 『……はい』 無表情だけど、雰囲気だけ満足そうに頷くと、ユーリィは取り出した皮鞭をしまいこんだ。 壁に続いて、テーブルまで壊しましたこの男。 物を大切に、って標語を捧げたいよね彼には! 僕は怖いから嫌だけどさ! 黙々とテーブルを何とか形にして、再び元の形に戻る四人。 あー……真っ二つに割られたテーブルが可哀想……壊されるために生まれてきたんじゃないのにね。 「と、とりあえず、最近この王女を狙ってくるヒットマンの数が異常に多い、って事だ」 「あ、ああ、どうも多いな、最近」 「そうですねぇ、僕もその一人ですしねぇ?」 何とか会話を繋げる三人。どうも棒読みチックだけど。 ていうか、リヤン普通に発言してるけど、彼もものっそい加害者サイドだよねぇ? あ、でもクリスは常に加害者サイドか。 ふと、ベリーがリヤンを見る。 「そういえば、貴様は誰から依頼されたんだ?」 「依頼者のプライバシーは厳守が基本ですよぉ? 教えるわけないですよねぇ?」 そういえばベリーは、アーレンが依頼者(の一員)であることは知らないわけだっけ。 クリス自身は知ってるだろうけどさ、言って無いのかな。 そういやユーリィも知らないはずだよね、ベリーと一緒にいたし……。 「んだと貴様……」 「まあ待てベリー」 偉そうな口調で止めたのはクリス。 くるり、とリヤンを見る。 「なぁ……タバスコホスト」 「それはもしかしなくても僕の事ですかねぇ? というか名前覚えてくれてないんですかぁ?」 「そんな些細な事は置いとけ。このまま狙われ続けたら、私は……」 リヤンの名前のことなんかは王女様にとっては些細な事らしいです。 ま、それはいいや。で、顔を伏せるクリス。 うーん……確かに、ずっと狙われ続けるっていうのは辛いよねぇ。誰もが全部、リヤンみたいじゃないんだし。 うん、これも貶してます。 ベリーが何か言おうとする前に、クリスは告げた。重々しく。 「ベリーの馬鹿をからかう暇が無くなるじゃないか」 「だから待て腐れ王女」 あ、また血管一つ増えた。ベリー、血圧上がるよ? 「人が何だか心配してやったらそんな理由か貴様!?」 「何だと! 私のライフワークを!」 「ふざけんじゃねえ! 迷惑考えろ!」 「そんな文字は私には無い!」 素晴らしきかな、ゴーイングマイウェイ。 昔の王様じゃないんだからさ……ああ、迷惑って認識自体も無いんじゃないかな。 ていうかそもそもクリスに暗殺に怯えるような可愛い神経は繋がってなかったね! どきっぱりと言い放ったクリスに、ベリーは脱力する。 「ああ……何で俺こんな馬鹿娘守らなきゃならんのだ……」 「何でこんなノロマに守られなきゃいかんのだ」 「俺が知るかぁぁぁ!!」 「と、いうか」 静かな口調は変わらず、絶妙のタイミングで声が入る。 どんな状況でも、マイペースを貫くユーリィ。あんた将来大物になるよ。 ていうか、もう大物? 「アーレンウォルド王子に聞けば、話が早いのでは?」 「…………」 沈黙。深い沈黙。 ベリーは、何でいきなりアーレンの名前が出てきたのか分からない、という沈黙。 リヤンは、こいつ何処まで知ってるんだ、な沈黙。 クリスは、ああしまったこれをネタに愚弟しばこうと思ってたのにチッ、という沈黙。 いやぁ、沈黙でも様々な種類があって面白いね! あれだよ、火曜スリルショック劇場とか金曜愛憎ドラマシアターとかそんな感じのドロドロした雰囲気! 一人だけ本気で意味を理解出来ないベリーが片手を挙げて挙手。これは頭痛が痛いと同じ破綻した文章だから普通は使わないでね。 「えーと……何で、アーレン王子?」 「自分から厄介ごとに首を突っ込みたくは無いが主体性が無いので簡単に流される王子の特性上、城の内部における大きなトラブルにはまず間違いなく王子も関連していますから」 やたらきっぱりとした断言。 信用されてるのかされていないのか……うん、ある意味されてるんだけど、根本的にはされてないよね! 僕はこんな関係ちょっと嫌だな! ユーリィは言葉を終えると、さて、と場を仕切りなおした。そして告げる。 「で、クリス様は城内での重火器の使用、及びオブジェ、芝生、中庭の景観破壊、それぞれ反省文三千回を十枚ずつ」 「でぇっ!?」 「ベリデアッツ隊長は中庭の被害状況、及び損害の総計と修復に必要な支出額予想についての書類を三日以内に」 「何で俺っ!?」 「そしてクリス様に触れたそこの赤い嫌悪すべき物体には今すぐ処刑実行を」 「ちょ、さっきので流れたんじゃないですかねぇそれっ!?」 「記憶力は衰えていません。──抹消」 唸る鞭、上がる悲鳴、壊れる家具、砕ける窓──。 ……結局のところ、どういう経過を通ってもこうなる、ってことか…… |