09:真っ赤なスーツのヒットマン
「ホワイトマンも失敗したと言うのか!?」 「は、はぁ……」 ああ、ごめんね初っ端からこんな面白くも無いおっさんの声で。 ともかくおっさん──将軍の怒鳴り声に、伝令を運んだ兵士は身を竦ませた。 自分に関係無い事で怒りをぶつけられるって理不尽だよねー。 でも将軍がリヤンの名前を知ってる、ってことは、アーレンと将軍が組んで依頼した、ってことか。 組んだ、っていうかアーレンが一方的に同意する形で進んだ事はまず間違いないだろうけどね。 「それで、ホワイトマンは!? まさかとは思うが、捕えられてなどいないだろうな!」 「そ、それが……」 兵士は恐縮しっぱなしで、窓の外を指す。 どうでもいいけど、こんなに大きな声で叫んでて大丈夫なのかねぇ……。 将軍は訝しげに、それでも外を見下ろした。 そこに丁度、追いかけっこをする様な状態で走っている二人の人影が通り過ぎる。 一人はピンクのドレスを花の様に舞わせ、鬼から逃げるように人外の速さで。 一人は真っ赤なスーツを風に揺らしもせずに、ストーカーの如くそれに張り付いて。 「クリスさんってばぁ!? 何故逃げるんですかねぇ!?」 「クソやかましい! 全身トマトケチャップに追いかけられたら逃げるだろうがっ!」 「それは僕の事ですかねぇ!? 段々バリエーション増えてませんかねぇ!?」 「増やしてるんだ馬鹿野郎がぁぁあ!」 …………。 しばらくの沈黙。 あ、言わなくても分かると思うけど、クリスとリヤンだよ。 あーあー……土埃が立ってるねぇ。その運動神経、別なところに生かせばいいのに。 そのことを考え付かないからこんな不毛な事やってるわけか! そして、やっとの事で、将軍が口を開いた。 「……何だ? アレは」 「いや……その、メッセージが届いたんですが……」 「聞きたくないが一応読め」 「『禁断の恋に目覚めてしまったんですよねぇ? と、言う事で依頼は完了出来ませんよぉ?』」 「…………何で?」 「はぁ……『吹き飛ばされた時に愛に気付いたんですよねぇ?』だそうで……」 あ、将軍遠い目してるよ。 吹き飛ばされたときに気付く愛って、正直微妙だよね。 クリス達より、将軍のがマトモかもなー……。というか名前が出てないから将軍としか呼び様が無いんだけどさ。 え、僕? だって調べるの面倒だし……職務怠慢ではないから告げ口は止めてね! すぅ、と息を吸って、将軍は叫んだ。 「アホかぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!???」 同感です。 さて、そのアホの方に戻ってみますか。 「あぁ愛してますよぉ!? ええ、愛してますってばぁ!? そう、縛ってくれても構わないですよぉ!? 勿論僕が鞭を使う方だとしても、多少の辱めならがんばれる気がしますしねぇ!?」 「何の話だ何の!? ていうか近寄るなモーニングコーヒー(赤缶)!」 叫びながら全力疾走しているのは、ドレスを着た美人に、真っ赤なスーツの男。 ちなみに(赤缶)は『かっこ赤缶かっことじ』って言ってるんだよ! どうでもいいね。 速度と会話の内容を考えさえしなければ、ちょっとだけ和やかな風景だったかもしれない。 でも、走る速度と会話の内容って結構重要だよね。 だってほら、花畑で走ってる男女の速度がオリンピックの短距離選手並だったら嫌でしょ? まぁ、この国の人らは慣れてるんだろうけど……。 はっきり言って、騒音公害以外の何者でもない。城の中だけだからまだ救いかな。 「大体手前、私の事狙ってたんだろうがっ!? 何で堂々と現れてんだ!」 「それは勿論、愛に目覚めたからですよぉ!? ああ、ちょぉっと痛い目とかには合わせて反応を見てみたい気もしますけどぉ、それより先にまずは気持ち良い方の反応を見てみたいっていうかぁっ?」 「目覚めんなそんなもんっ! そして寄るな変態っ!」 クリス、必死です。 僕だってやだけどね。昨日、命狙ってた人が『愛してます』とか来たら普通疑うよね! もっとも、クリスの場合はそんなこと以前に『キショイ』って理由だろうけど! あ、キショイってのは気色悪いってことです。こんなところだけ若い女の子っぽいよね。 ていうか、足速いなー、二人とも。マラソン世界記録樹立出来そうだね。 と、二人の先の廊下に人影一つ。 耳を押さえ、黒髪を立てた男。ベリデアッツ・ファンク! クリスは藁にでも縋りたい気分なのか、猛然とそちらに向けて走りながらびしっと指を差す。 「ベリー!? 助けろっ! 一応護衛隊長だろうがっ!?」 「一応はいらねぇっての! つーかうるせぇんだよ貴様らはっ!」 数日前までは君とクリスがうるさかったんだろうけどね。 耳を押さえてる、ってことは遠くからでも随分うるさいんだろうねぇ……。 あれかな、人間スピーカーとでも呼ぼうかクリスを。 とりあえず、放っておけないと踏んだのか、ベリーは無造作に足を出した。 「うわっ!? ですねぇ!?」 クリスしか見ていなかったからか、引っかかって見事に転ぶリヤン。律儀に語尾、付け足さなくても……。 ていうかさ……全力疾走してるときに足掛けられて転ぶのは痛いよねぇ……。 がづん! とか音したし。 うーんと、何ていえば良いのかな……金槌で金ダライ叩いた感じ? ようやく立ち止まったクリスは、今度は親指をベリーに向けて立てた。 無駄にキラリ、と白い歯が光る。 「ベリー……! 今生まれて初めてお前に感謝したいと思った」 「何だか微妙に台詞が気に掛かるが」 と、そこでがばっとリヤンが身を起こした。 うわー、銀髪まで赤く染まってるしー。 結構な流血沙汰だけど、本人含めて誰も気にしてないよ! 「何するんですかねぇ!? 邪魔しないで欲しいですよねぇ!?」 「いや……つーか貴様無駄な仕事増やすな」 「だったら放っておいて欲しいですねぇ!? 僕はクリスさんに言ってるんですよぉ!?」 「だーかーらー! 貴様みたいな変質者からこの腐れ王女を護衛するのも全く不本意だが俺の仕事なんだっつーの! 帰れ!」 「手前のがよっぽどふざけた台詞抜かしてくれるじゃねぇか……」 ベリー、それは仕事じゃなければ助けないってことかい? 先程助けてもらったのはもう忘れたのか、クリスが呻く。さすが鳥頭。 いや、というかドレスの下からこっそり小型拳銃とか取り出すの止めようよ。女スパイかよ。 クリスの声に続いて重なったのは、その場の三人の誰でもなく、酷く温度の低い声。 「そうですよ、何を言うんですか?」 「うぇっ」 踏み潰されたカエルみたいな声を出し、額に冷や汗をかくクリス。 感情のこもらない冷たい声の主は、ユーリアーノス・リベラートだ。 いや、他の人たちが色々感情こめすぎだって話もあるんだけどね! ていうか、冗談抜きで語り部の僕でも気配察知できないんですけどこの人。 それでも会話は何事も無かったかのように続いていく。 突発的な出来事に強くなれそうだね! お勧めは全然しないけど! 「そんな、ユーリィ様まで……」 「当たり前でしょう? ベリデアッツ隊長」 「いや、一応これが王女だってのは認めますけど、不本意なのは……」 「そうではありません」 さり気なくベリー、暴言連発だよね。 しかし美貌の教育係は首を振り、護衛隊長の言葉を遮る。銀髪は陽光を鈍く跳ね返す。 リヤンとはまた違う感じなんだよね、この銀髪。 リヤンはどっちかっていうと白に近いけど、ユーリィは何ていうのかな、蒼と灰色が薄く見えるような感じ。 ともかく、ユーリィはこれ以上ないくらい、はっきりと言い切った。 「クリス様に言い寄る輩は無事に帰すわけがないでしょう?」 出たよ王女至上主義。 ……やっぱりさ、この国、『天は二物を与えず』ってことを体現してない? 顔が良い人間はほぼ間違いなく性格破綻してるよ。 細い白い長い指を自分の口元近くに持っていき、それ程真剣そうでもなく考える仕草。 「さて、どうしようか……磔獄門か、晒し首か、人体実験か……」 言っておきますが本気だ絶対。 だけれど、普通の人ならびびるユーリィの台詞にも、普通なんてものから二回転半して垂直とびをしているようなリヤンは怯まない! あ、褒めてないからね、貶してるからね。 額に流れる血を懐から出したハンカチで拭い、きっ、と敵意に満ちた赤い瞳でユーリィを見据える。 「貴方には関係無い事ですねぇ!? その首飛ばしてあげますよぉ!?」 「飛ばせるものなら飛ばしてみなさい、季節外れサンタ」 「ほほう……いい度胸ですねぇ?」 言ってリヤンはシルクハットに手を掛けた。 対するユーリィは殺意に変わったその赤にも全く反応を表さず涼しい顔。 見た目には武器を持っていないから、客観的に見ればユーリィが不利。 いつの間にか一触即発の雰囲気になってしまった状況についていけず、蚊帳の外になったクリスとベリーはそれを遠巻きに眺めている。 暗殺者と教育係の会話が途切れたあたりで、クリスがぽつりと呟いた。 「……話が見えん」 「あー……貴様には判らなさそうだしなー」 「んだと手前っ!? 馬鹿にしてんのかオイ!」 「いや、事実だろ」 ある意味一番の当事者でありながら、王女様は全く状況を理解しておられません。 クリスの場合さ、恋愛ごとに疎いんじゃなくて多分他人の心の機微全般に疎いんだよ! そして、何でこんな奴を取り合うのか、というのはベリーには全く理解出来ない出来事だろうしね。 まぁ、人の好みはそれぞれだしな、とか達観した事を考えていたベリーの鼻先を、ズギュン! と銃弾が駆け抜けた。 そういえばさ、一目ぼれの時に『胸を撃ち抜かれたような衝撃』ってあるけど、撃たれた事あるのかなその人。 疑問は置いといて、ベリーは一瞬硬直してから、ワンテンポ遅れて驚いた。 「おわっ!?」 慌てて振り向いた先には、両手で銃を構えたクリス。 口径はあまり大きくないけど、近距離で撃てば当然の如く危険です。 ていうか銃全般、他人に向けて近距離で撃つのは明らかに危険なので絶対に真似しないように。 真似できないって? そりゃ良かった、出来ない方が良いんだよ! 平和だろう? やっぱり遅れて顔から血の気を引かせたベリーは第一級警戒態勢に入って叫ぶ。 「んだ貴様! 殺す気か!?」 「くっくっく……隙を見せるとは、堕ちたなベリデアッツ!」 「何キャラだ!?」 「やかましい! とりあえず、愛銃コルトン☆の餌食になれっ!」 名前は案外可愛いんだね。 とにかく、ベリーも対抗して銃を構えた。 P.Pでは当たっても死なない特殊な実弾を使用しております。 重ね重ね申し訳ないけどマジで真似しないように。 エアガンでも互いに同意している場合を除いて打ち合いは駄目だよ! 「誰がんな間抜けな名前の銃の餌食になるかっ!? いい加減にしやがれ馬鹿娘!」 「ああ!? 馬鹿っていうのが馬鹿なんだよ馬鹿!」 「どこのガキだ貴様は!? じゃあ貴様だって馬鹿だ馬鹿!」 「ガキで結構だジジイ! 馬鹿に馬鹿って言われても悔しくねぇんだよ馬鹿!」 不毛な言い争いを始める二人。どっちもガキだ。 ベリーは愛銃を思い切り握る。名前は腐れ王女撲滅第二号らしい。 はっはっは、同レベル。 ともかく、これで ユーリィVSリヤン ベリーVSクリス の構図が完成だ。 ──城の廊下でやるようなことじゃないけどね。 「死んで下さいよぉ!?」 リヤンが叫び、シルクハットを投げ放つ。 同時に。 「命貰ったぜコラァ!」 クリスが撃つ。 今更だけど、王女じゃないよね、この人。 勿論、対抗する二人だって負けちゃいない。 「貴様にやる命だけは持ち合わせちゃいねぇっ!」 片足を一歩引いてギリギリ銃弾から身を逃がすベリー。 マトリックス避けはさすがに無理かな、あれってかなり足の筋肉とバランス感覚必要だよねぇ? ってそんなことはどうでもいいんだけどさ! 「誰に言ってるんですか?」 対照的に、冷静な雰囲気で一歩引いて難なくシルクハットの軌跡から外れるユーリィ。 さすが最強! 名前は伊達じゃなかった! 斬られても死ななさそうだけどねこの人! そして彼は懐から……えーと、皮鞭かな? を取り出した。 武器にしては、ちょっと刃物に対抗するのは難しいかなぁ。 持っていても目立たない大きさだから、そんなにごついものじゃないしね。 「その言葉は貴方に差し上げましょう」 「面白いですねぇ!? そんな物で何をする気なんですかねぇ!?」 嘲笑するリヤン。勿論、鞭で致命傷を与えるのは難しいとわかっているからだろうけどね。 それで叩かれた事のある子供なら怖がるかもしれないけど、リヤンじゃちょっとねぇ。 あ、クリスにやられたら間違いなく喜ぶと思うけどねリヤン。 さ、そんなお子様の教育に良くないお話は置いといて、ユーリィは無造作に鞭を振るった。 どがっ! ………………。 その場に流れる何ともいえない沈黙。クリスとベリーすらも手を止めてそちらをみやる。 うん、事実確認。 さっき僕、ユーリィが取り出したのは皮鞭だって言ったよね? そんなにごつくないから、破壊力もそんなに無いだろう、って。 じゃ、何で壁が壊れるのかなぁ? 皮鞭の一発で、私は石壁を破れるって人、手を挙げて下さい。 ……すいませんやっぱりいいです。 硬直から立ち直ったクリスが、普段のでたらめ敬語すらもすっ飛ばしてユーリィを指差す。 「おい、ユーリィっ!?」 「はい、何でしょう? クリス様」 「何で壁崩れてんだっ!? 何か入ってるのかよっ!?」 「いいえ、ただの皮鞭ですが」 『何で壁崩れんだよっ!?』 三人の言葉が見事に唱和。 うん、僕も同じ気分ー。 そして全く動じず返事を返すユーリィ。 「何故と問われましても……叩きましたから」 「違うだろうがっ!?」 さすがの暴走王女も、この教育係の不条理行為にビビっているらしい。 ユーリアーノス・リベラート……彼が最強な真の訳が何となく分かった気がするよ。僕。 クリスを抑えられる唯一の人物だからじゃなくて、クリス以上に不条理だから。 ベリーがぽつりとリヤンに言った。 「……貴様、諦めた方がいいんじゃないか」 僕もそう思う。 ほらあれだよ、天災には所詮人間は敵わないもんだしさ! え、ユーリィは天災じゃないって? あははは! 似たようなものじゃないかこれ! だけど、リヤンは顔を青ざめさせながらも、首を横に振った。 果敢、って訳じゃなくて、ただ単に諦めが悪いのか執着心が強いのかどっちかだろうけど! 「駄目ですよぉ? この程度で僕の愛は負けたりしませんからねぇ?」 「いや、諦めておけよ」 「お断りですねぇ!?」 叫んで、リヤンは一気にクリスとの間合いを詰める。 ユーリィに気を取られていたのか、クリスの反応は一瞬遅れた! その隙に、リヤンはクリスの腰に手を掛け引き寄せる。 即座に上がる悲鳴と罵倒。 「だぁぁぁぁっ!? 寄るな触るな馬鹿野郎!」 「そんなつれない事を言わないで欲しいですねぇ?」 「言うわボケッ!」 「いいえぇ、だって、彼が叩いたら貴女を壊してしまうだろうけど、僕なら壊さないで叩く事も出来ますしねぇ?」 「だから何の話っ!?」 先程からヤバイ発言が続くリヤンさん。 いい加減にしないと苦情が来るかもよ、『子供の教育に悪い!』って。 この国じゃあ多分ありえないだろうけどね! ああ、リヤンの言ってることの意味が分からない人はそのままにしておいてね、僕だって解説したくないよこんなの! 「ちっ……離せってんだろうが赤レンガぁぁぁ!!」 「ぐふっ!?」 クリスの渾身の回し蹴りを喰らって、リヤンは放物線を描きつつ吹き飛んだ。 おー、何て言うかさ、生物とか物理とかで使えそうな綺麗な放物線。 更にクリスは落ちたリヤンををげしげし踏みつける! 註:良い子も悪い子も真似してはいけません。 でもさ、吐血しつつリヤン嬉しそうなんだけど、どうしようかこの人。 「ああ、足蹴にされるのも良いけれど、僕は足蹴にする方が好きなんですよねぇ?」 「手前の好みなんざ知った事か! 今死ねすぐ死ね此処で死ねっ!」 「クリス様、何かに感染するかもしれないので直接ではなく鈍器で間接的に殴った方が宜しいのではないかと」 さりげに酷い発言は勿論ユーリィ。 はっはっは、殺人教唆だよねこれ! 教唆ってのは教えそそのかすことさ! 文字通りね! 再び蚊帳の外になったベリーは、ぽつりと呟いた。 「そういや……俺ってなんで此処に居るんだっけ……」 哲学的な思考に陥ったベリーと、まだ終りそうにない、クリスによるリヤン私刑、眺めるユーリィ。 だれか一人くらい止めてやればいいのにねぇ。 え、僕? ははは、前々から言ってるけど断固として御免だね。 |