08:午後の部 終盤


「ですから私の想いはこの時から始まったと言っても過言ではなく、あのご様子を拝見したからこそ今此処でこうしているわけで……」

「…………」


再びこちらはベリーとユーリィ。

何でか知らないけど、あの後思い出話に移ったみたいだね。

ベリー、目が死んでる。

僕だったら嫌だけどね、幾ら美形だろうがいい年になった男が延々と恋の話をしてるのを聞くのなんか!

と、そこにいきなり爆音が轟く。

目が死んでいたベリーも慌てて壁に手を付いて立ち上がった。


「どわっ!? 何だ!?」

「本当、何でしょう……私とクリス様のスイートメモリートークを邪魔するのは……」


ユーリィも会話を中断させて窓の外を見遣るが──そっちかよ。問題は。

続いて響いたのは、罵声。


『ちょこまか逃げんじゃねえよ! 一発で地獄に送ってやらぁ!』

『逃げるに決まってるじゃないですかぁ!? 貴女本当に王女様なんですかねぇ!?』


クリスと、耳慣れぬ男の声。二人の間にしばし沈黙が落ちる。

ベリーは無表情で、ゆっくりと、窓から見下ろし──そこで見たのは、馬鹿みたいに重い機関銃を片手で打ちまくるクリスの姿。

良い子悪い子は真似──出来ないよね、こんなの!

わなわなと、ベリーの唇が震え、


「あ……あんの腐れ娘はぁぁぁぁぁあ!?


頭を抱えて絶叫する。可哀相に、この片付けはまたベリーに回ってくるんだね。

だけど、横に居るユーリィは顔色一つ変えない。

眉目秀麗な教育係の瞳は、静かに庭に落とされている。


「ユーリィ様! 何とか言って下さいよ!?」

「ええ……」


ユーリィは息を軽く吸って──ほうっ、と吐き出した。うっとりと呟く。


元気ハツラツなご様子で

「ちっがぁぁぁあぁぁあう!?」


……いやぁ、重症だねぇ。恋の病はお医者様でも治せないって言うけど。

確かにこれじゃあ治せんわな。

何も言わなかったのはクリスに見とれてたのかな、それも嫌だよね!

でも、その顔がふと曇った。


「ですが……あの男は何者でしょう?」

「え?」


そこでやっと、ベリーは男の存在を意識したらしい。

遅いよ! って言いたいけど、機関銃乱射する王女様がいるんじゃちょっとそっちに目ぇ行くよね!

で、呆然としたように、呟く。


「何だ、あの……全身真っ赤な手品師は……


やっぱり、あれが王女を狙うヒットマンだという考えは浮かばないらしい。

ってそりゃそうか。

僕だって一連の流れ見てなかったら普通に手品師とかファッションちょっと間違えちゃった変な人かと思うしね!

……まあ、そんな人が城内にいるのかどうかってことは置いといて。


「もしや……」


ユーリィが表情を固くする。

お? さすがにユーリィは気がついたか?


「あの男……私とクリス様の間に割って入る気では……?


違います。

あー……何かもう、ここの人たちには期待しないほうがいいかも……。


「こうしてはいられません。行きましょう、ベリデアッツ隊長」

「ええ、俺も!?」

私とクリス様の邪魔をする輩は、早々に潰さねば……芽のうちに……


ぶつぶつと呟くユーリィに、ベリーは何を言っても無駄と悟ったか、大人しくその後に続いていった。

最強教育係、恐るべし。





ばらたたたたたたたっ! と響く軽快な音。

どこから出したのか、ゴーグルを装着したクリスが叫んだ。

あれかな、王女様、四次元ポケットでも持ってるのかな。あ、細かい追求は止めてね本当!


「その程度かオラァ! まだ私のストレスは晴れんぞ!」

「僕は貴女のストレス解消の為に来たんじゃないんですからねぇ!? 判ってますかぁ!?」

「知るか、んな事っ!」


言ってクリスは中指おっ立てたポーズを取る。

それ、まがりなりにも王女様がやるポーズじゃありません。

えーと、女の子はあんまり、ていうか男の子もあんまり使わないほうがいいからね!

また引き金を引くクリス。リヤンはさっと避けたが、背後のオブジェは壊れた。

あーあーあー、あっという間に中庭は戦場の風景。


「姉上様ぁあぁぁぁあぁあぁ!?」

「アーレン、手前も動くんじゃねえ!」

「何で僕までぇぇえぇ!?」

「クソ喧しい! いいからつべこべ言わないで当りやがれ!」

「いやぁぁあぁ!?」


悲鳴を上げて逃げ惑うアーレン。紺色のマントが翻り、必死で銃口の先から逃れようとする。

そんな中庭は、さながら阿鼻叫喚地獄絵図。

と、すると、重い鉄の塊ぶん回してるクリスは鬼ってところか……。


「ちぃぃ!? 全く乱暴なお姫サマですねぇ!? 聞いてないですよぉ!?」


叫んで、リヤンはアーレンを見る。

本当に些細な仕草で、そのままだったら気付かなかったかもしれない。

けれども、その視線に反応して途端に青くなるアーレン。

と、いう事は。


「……アーレン?」

「は…はははははい?」


やけに優しいクリスの声に、アーレンは上ずった調子で返した。

にっこりと、クリスは笑う。その姿はさながら天上の美姫。

ただ、その体からは見事な位に『死ね死ねオーラ』が出ていた。

あーあ、反応しなけりゃバレなかっただろうにねぇ。ま、アーレンだし!


「つまり……このクエスチョンマンは手前の差し金かぁぁぁ!

「うひぃぃいぃぃい!」

「ちょっと、クエスチョンマンて誰の事ですかねぇ!?」

「手前の事じゃボゲッ!」


きっぱりはっきり言い切ると、クリスは手にした機関銃を捨てた。

続いて、これまた何処から持ち出したのか、小型バズーカを構える。

皆さん、忘れないで下さい。ここはお城の中庭です。

クリスの顔がにやりと笑みに歪んで、引き金に指がかかる。


「手前らまとめて吹っ飛びやがれっ!」


と、そこに大きくは無いが冷たい鋭い声が牽制をかけた。


「クリス様」

「んげっ!?」


視線が集まったその先には、二十代半ばの美形男と、いやに疲れた様子の男。

勿論、ユーリィとベリーだよ。

どうでもいいけど、さっきの王女様が出す声じゃ……ああ、もういいか。


「いただきですねぇ!?」


と、クリスがその二人の出現に気を取られた一瞬にリヤンが刃つきシルクハットを投げた。

首を狙ったその一撃、振り向いて防御するには間に合わない!


「危ねぇ!」


咄嗟にクリスを突き飛ばしたのは、ベリー。

二人の間を、唸りを上げてシルクハットが横切っていく。

さすが護衛隊長! 役立たずじゃないんだね!

帽子をキャッチしたリヤンは舌打ち一つをして、ベリーを睨むように眺める。


「……余計な事してくれますねぇ? 一緒に死にたいんですかねぇ?」

「うるさい、貴様みたいなのからこの馬鹿王女を守るのも給料の内だ

「ほほう……それは宣戦布告と取って良いんですねぇ?」


ぴりりと二人の間に火花が走った。

ベリー、給料の内に入らなくても、人良さそうだから助けちゃいそうだけどね。

と、ユーリィの呟きが火花を縫って隙間に入る。


「守る……クリス様を、私とクリス様の仲を裂く輩から……しかも宣戦布告……」


うつろな目で呟く彼は、はっきり言ってヤバイ人。


「……あ、あの、ユーリィ様?」


やや気後れしながらもベリーが尋ねた。

リヤンもこの相手をどう扱うべきか図りかねているらしく、シルクハットを握ったまま動かない。

そんな仲、珍しくユーリィは表情に苦悶の色を浮かべた。


「まさか……ベリデアッツ隊長、貴方もか!?

「何がっ!?」


慌てて否定しようとするも、ユーリィは聞いていない。

思い込みが激しく人の話を聞かない──嫌なタイプだね。

ユーリィはどこをどうしたのか、今の会話でベリーも恋敵だと思ったらしい。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い……ってこれは違うな。整った顔に陰が落ちる。


「ベリデアッツ隊長……貴方は味方だと思っていたのですが……」

「だから違うっつーに!? オイ、貴様も何か言ってくれ──って、あ?」


ベリーは援護を求めて振り向いたが、そこにクリスはいない。

軽く視線をめぐらすと、彼女はやや離れた所で発射体勢に入っていた。

うーん、通りでさっきからやけに静かだなって思ってたんだけどさ!

ベリーの顔が引きつり、止めようと手が前に差し出される。


「げっ!? 馬鹿、止め──!」

「とりあえず……」


静止の声など全く聞く耳持たず、クリスは叫んだ。


全員死んできやがれっ!!


どぉん、と激しい音。

その場に居た男四人は、見事に吹っ飛ばされた。

……あ、四人てアーレンが含まれてる訳で、僕が吹っ飛んだわけじゃないよ。



完・殺!


びっ、と親指を下に向けて、クリスは勝利の笑みを浮かべる。

クリスカナディス・エルス・シエーヌヴァル、チャンピオンの座を守りきりました。


「そんじゃあ、とっととずらかるか」


一仕事終えた盗賊みたいな台詞を吐いて、意気揚揚と城へ引き上げるクリス。

その背後にクレーターが出来てる事なんて、やっぱり彼女にとってはどうでもいいことだった。


さて、クリスの砲撃によって出来たクレーターの中に動く影が幾つか。


「クリス様……何とたくましい……」


ひょい、と起き上がったのはユーリィ。

ていうか何で無傷ッ!?

灰色に近い白のマントに埃すらついていない。……人智越してるよもう、この人。


「あ……あれはたくましいなんて可愛いもんじゃ……」


こちらはやや満身創痍な様子のベリー。

うん、これが普通だよね! ちょっとぼろぼろ気味──ぼろぼろ気味で──……生きてるのって、普通?

いや、この話を根本から覆すような概念は持っちゃいけない!

いけないんだよ皆! 生きてる訳ねぇだろって思っても言っちゃ駄目なんだよ!

あ、心で思うのは可です。


「それでは、私達も帰りましょうか。事後処理もありますし」

「ああ……また俺が後始末かよぉぉぉ」


泣きながら、ベリーは疲れた体を引きずってユーリィの後に続き城へと戻る。

頑張れベリー、きっと夜明けは来るさ。



そして、もう一つ動く赤い物体。


「くっ……やります……ねぇ?」


こちらは完璧息も絶え絶え。

あー、そうか、リヤンはクリスとかの常識に慣れてないからねぇ。

全身真っ赤コーディネイトな辺り、世間の常識にもあんまり慣れてなさそうだけど。


「っつ……ああ、目の前がぐらぐらしますよぉ……?」


額に手を当てた姿は、すでに夕暮れとなった空に更に赤く染められた。

と、そこでリヤンは何かに気づいたのかはっ、とした顔をする。

胸に手を当てて、空を仰ぐ。

何かに気付いてしまったような切羽詰った表情で、叫んだ。


「目眩が起こる、そして、この胸の高鳴り……これが愛ですかねぇ!?


大間違いですリヤン。

目眩がするのは瀕死な為。鼓動が早くなっているのも同様。

ついでに言うなら脳まで血液回ってないだろ。


「ああ……しかし、彼女はターゲットですよぉ? 禁断の恋、ですかぁ……?


勘違い妄想は続くけれど、ここに突っ込む人は誰も居ない。

リヤンは完璧自分の世界に入って苦悩する。

現在の状況としては、クレーターの中で真っ赤な服来た人が一人で悩んでいる状態です。

変だよね。


「しかし……自分の気持ちに正直になる事は大切ですねぇ?」


と、そこで決心がついたのか、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

どっちかって言うと、禍々しい気もするけど……。


「そうと決まったら、明日からアプローチ開始ですねぇ? 待っていて下さいよぉ?」


くすくすと笑うリヤン。

不穏な呟き一つ残し、木の枝から屋根へとその姿は消える。

そして後に残るは、破壊された中庭とクレーターのみになった。


ここで一つ言えるとしたならば、……クリス、十六歳にして男運はどうやら最悪の様です。ってことかな!



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