06:ベリーとクリスの長い一日 午前の部
「はぁ……」 そんなこんなで数日後。 ベリーはぼんやりと窓から空を見上げていた。青空は澄み渡り、頬を撫でる風は穏やか。 何だか最近クリスが大人しいんで、幸せ感じてるみたい。 「俺の人生で……これだけ穏やかな日々があっただろうか?」 思わず漏れる独り言も、どこか隠居に入ったお爺さんの様で──……随分苦労したみたいだねぇ……。 と、そこに彼の平和を壊すかのような叫び。や、実際壊してるんだけどね! 「ベリー! ベリー! どぉこぉだぁベリィィィィ!!!???」 地獄の底から響いてくるようなその声の主は、勿論クリス。 一瞬凄い嫌な顔をしてから面倒くさそうにベリーは振り返ったけど、余りにも鬼気迫るクリスに硬直した。 その隙を逃さずにクリスはベリーの胸ぐらを掴み上げる。 あ、ベリーの体ちょっと浮いてる。10センチ近い身長差ある上にベリーの方がかなり重いってのに凄いねクリス! そのままぐぁっしゃぐぁっしゃとベリーをシェイキング。 「手前! 一体ユーリィに何を吹き込みやがった!?」 「わわわっ!? とりあえず揺さぶるな脳がブレイクするわボケッ!」 最強教育係の名前を叫びながら揺するクリスにベリーが訳も分からずストップをかける。 と、そこに響くは当のユーリィの声。 『クリス様? どちらですか?』 「うわぁ来た!?」 咄嗟に隠れ場所を探すように辺りを見回すクリス。 一旦床に下ろしたベリーの胸ぐらを引っつかんだまま、適当な空き部屋へと走りこむ。 ──ユーリィが廊下に現れた時には、もうその姿は部屋の中へと消えて見えない。 部屋へ引きずり込まれたベリーは剣呑な調子で口を開く。 「オイ……最近静かだと思ったら、まーた何か企んでやがったのか?」 「それは手前だろ!?」 叫んでから、気付いたようにクリスは慌てて口を抑えた。 涙目になりながら、ベリーににじり寄るけど、床を這いずるその様子は貞子チック。 ベリーも思わず引いたみたいだけど、気持ちは判る。 え、貞子こっちの世界にもいるのかって? だから細かい事は詮索しちゃ駄目なんだよボーイズ&ガールズ! 迫力に押されてか、壁際に後退しながら、ベリー。 「な、なんだよ、俺は何もしてねぇぞ」 「嘘つきやがれ畜生。ぜってぇユーリィに何か言いやがっただろ」 「いや、マジで──」 言いかけて、ふとベリーの言葉が止まる。 勿論、先日の事が思い当たったんだろう。ほら、ユーリィにクリスと仲良くなる為の方法をレクチャーしたやつ。 だけど、そんなに大した事レクチャーしたわけじゃないよねぇ? 「……やっぱり何か言いやがったな手前……」 ゆらり、と立ち上る殺気を感じたのか、慌てて首を振るベリー。 殺気を立ち上らせる王女様ってあんまりいないよね! ああ、元から国が殺伐としてるとか、権力争いとかならあるか──でもこれが日常ってのは滅多にない気がするなぁ。 「いや、でも貴様が何か変な事した、とか、悪い、とかは言って無いぞ?」 「じゃあ、何で、最近何処へ行くにもユーリィがついてくんだ!?」 へ? と言った顔をするベリー。 何だか間抜けっぽいその顔を見ているのかいないのか、クリスは声を荒げて言葉を続ける。 「いきなり略称で呼び始めるのはまだいいが、私の行く先々について来ては礼儀作法その他諸々に文句つけるは反省文書かせるわ! あげくの果てには『今日は天気が良いですが、何をもって天気の基準とするか……』とか講義始めるんだぞ!?」 「それは……」 言いかけて、再び硬直するベリー。 そういえば、彼がユーリィに教えたことって、こんな事だったんだけど……。上げてみるね? 『まずは略称で親密さを上げる』、『なるべく近くにいて存在を感じさせる』、『気にしているという事を言葉の端々から判るようにする』、『時たま共通の話題で話を盛り上げる』 確かに略称で呼んでるし。近くにもいるし、存在感抜群。注意するって事は相手をきちんと見てるって事だし。 天気の話題は確かにほとんど万人に共通だね! 何だ、全部ちゃんとベリーの言った事に乗っ取ってるじゃん! はっはっは、しかし、明らかにユーリィ、間違ってるね! 「新手の苛めかよ!?」 「あー、いや、そのー……」 まさか自分の言葉のせいだとは口が裂けても言えず。言ったら殺されそうな勢いだし。 とにかく相手の考えをいい方向に修正しようと、考えて言葉を紡ぐ。 「えーと、ユーリィ様は貴様の事を気にしているんじゃないのか?」 「やめてくれおぞましい」 思い切り心の篭ったその言葉に、ふっ、とベリーは空を見上げた。 天井に遮られていて見えるはずの無い空を。 "ごめん、俺もう駄目だわ" って感じかな。誰に言ってるのかは分からないけどさ! 「ベリー、聞いてんのかっ!?」 「頼むから俺を一人にしてくれ……」 どうやらベリーはまた遠い世界に行っちゃったみたいだね。 何だか拗ねた子供みたいに三角座りで影背負ってるよ! クリスが肩を引っ掴んで更に何かを叫ぼうとした時、 「此処ですか?」 ドアを開けて入ってきたのは、最強改めストーカー教育係ユーリィ! 恐怖に顔を引きつらせて、クリスは窓へと駆け寄り、そして跳んだ。 「自由な明日に向かってダイビーング!」 誰だよアンタ。 とりあえず、クリスは窓から飛び降りた。降りた後に、ダッシュでその場から離れる。 どうでもいいけど、此処三階なんですけど王女様。 良い子も悪い子も真似しないでね! こんなフレーズ何回も出したくないんだけど、これ普通の人は出来ないからね! さすがにユーリィは飛び降りられずに、下を見下ろして──そこでベリーに顔を向けた。 「……ベリデアッツ隊長?」 「は、はいっ!?」 声に秘められた微妙な怖さに、ベリーもあっちの世界から帰還してきたみたいだね。 「クリス様と何を……?」 ヤバイこの人怖いよ ベリーも同じ気持ちなのか、顔を青ざめさせた。 下手に答えたら、命が危ない気がするねー。 ……もしかして、飛び降りられないんじゃなくて、この為に残ったのかな? 「い、いや、その、ユーリィ様……」 ベリーは目を泳がせる。 そういえば人間って嘘をつく時、視線が右上に行くって本当かなぁ? あと瞬きの回数も多くなるらしいけど、ベリー、すごく怪しいよ! 「クリス王女が、ユーリィ様の事が最近非常に気になるとおっしゃっていたので」 ちょっと片言気味だけど、それでも不自然ではない程度でベリーは答えた。 あっはっは、あー、嘘は言ってないね! どう気にしてるかが一番の問題なんだけど、そこには触れない方がきっと平和の為。 クリスのそれと比較すると、随分と冷たい雰囲気の殺気が霧散する。 「本当ですか?」 「ええ、勿論」 その答えに、ユーリィは笑みを浮かべた。 ちょっとどこかうっとりとした目つきで、ベリーの手をがしっ!と握る。 何か目つきイっちゃってるんですけど怖いよ僕帰りてぇ。 恋ってこんなに人を狂わせるもんなんですか、僕ちょっとそこまで熱烈なのは遠慮したいな。 「ああ、それはベリデアッツ隊長のご指導のおかげです!有難う御座います」 「いや、そんな大した事はしてませんから……」 本当だよね。 ベリー、すっごい帰りたそうだなー。 つーか、僕だって今すぐこの空間から逃げ出したいね。 「これでクリス様のハートを掴む日も近いという事ですかね?」 「ええ、多分そうでしょうねぇ」 丸っきり他人事のように頷くベリー。あ、ちょっと涙目になってる。 もしかして、今迄クリスに見合いとか結婚の話がこなかったのって……、ユーリィが裏で握り潰してたんじゃないだろーなー……。 有り得そうだから怖い。 ──まあ、ともかく、最強教育係と、姫に幸あれ。 多分無理だと思うけど。 |