05:不遇な王子アーレン



さーて、ベリーが遠くの世界でちょっと色々悟ってるのは放って置いて、と。

お城の廊下をちょっと見てみようか?


「アーレン! アーレンは何処だ!?」


お城に似合わないどっかの親父みたいな言葉を発しながら歩いているのは、クリス。

親父みたいって例えられる王女様って本当どうかと思うよね! いやマジでさ!

それより、勉強終わりまでにはまだ早いみたいだけど……。

ユーリィとベリーがいなくなってから、まだ三十分くらいなんだけどねぇ?

……ああ、何時もの様に脅したんだろうな

で、例のベリー暗殺計画を遂行するためにアーレンを探してるってことか。

行動に関しての筋道は通ったけど、常識としての筋道は全く通ってないよね!

と、言っても城は広いんだからそんな簡単には見つからないだろう……って。

……何だか黒髪のすごいオドオドした人がいるんですけど。


「アーレン!」

「は、はいっ!?」


一際大きなクリスの声に、身を縮ませたのは、オドオドした人──つまりアーレン。

不幸な人って何処にでも居るもんだね。

あ、クリスが金髪なのはお父さんに似たんだね、アーレンは黒髪だからお母さん似だ。

性格はどっちとも似て無さそうだけどね、二人とも。どこから来たんだろう?

ともかく、クリスはアーレンの肩を抱くと「正に悪巧みですっ!」って感じに声をひそめた。

うん、少なくとも王女様がやることじゃないと思うけど、もういい加減飽きたよねこの台詞。


「ちょうど良かった、探していたんだ」

「ななななな何でしょう姉上様ええええと、何か?」

「そんなに怯えんでいい。目障りだ」

「申し訳有りません姉上様、それでご用件は?」


クリスの脅すような小声に、アーレンは態度を豹変させる。

……何だか本気で可哀相になってきたなー……。

誰か励ましてあげようよ、アーレンを。え? 僕? 嫌だよ。


「よし、何、事は簡単だ。ちょーっとだけ、私の計画に手を貸せ」

姉上様の計画にですか!?」

「喧しい! 耳元で叫ぶな馬鹿者!」

「うううう姉上様だって叫んでるじゃなくて申し訳有りません」


泣き声を上げるアーレンを、クリスはぐいと引き寄せた。

言ってることは間違ってないだろうけどね、ていうかやっぱりクリスの計画加担とか嫌だよね!

クリスは彼の耳元に口を寄せ、ひそひそと話し始める。


「だから手前がやる事は簡単だと言ってんだろうが。ある場所にベリーを誘き寄せろ」

「え……またですか!?

「またとは何だまたとは!」

「だってもう123回目ですよ!?」

「違う! まだ122回目だ! その程度も覚えてねえのか!」


ぎりぎりと、アーレンの首を締め上げるクリス。

あはははは、あのー、アーレン泡吹いてるんですけど?

というか、152回中122回もアーレンを使ってるわけか……。

顔がちょっと赤紫になったりしてたけど、手を離されればアーレンは咳き込みながらも顔を姉に戻す。

あっという間に顔色正常だけど、これって慣れなのかな、僕そんな慣れは遠慮したいな!


「で、でもどうやって?」

「だーかーらー! お前がちょっと中庭までベリーを誘い込めば、運悪く落とし穴があって、更にその中には竹槍とか鉄柵とかがあった、ってこともあるかも知れないだろ!?」

「そんな事は日常生活じゃあ有り得ないですよぉぉぉぉ」

「大丈夫だ、確実に起こるから


非日常でもあんまりないと思うけどね。

言って、くくく、と笑みを浮かべるクリス。

何と言うか……悪の魔女? 美人なだけに、壮絶さが際立つ。

話を聞いてくれている皆、もし君が未婚だったとしたら、こういう人とは結婚しない方がいいと思うよ!

僕の私見だけど、多分きっと間違ってないと思うな!


「それは計画犯罪……」

ああ? 何か言ったかアーレン

「あああ姉上様ギブギブ! 頚動脈は止めてー!!??


ばんばん壁を叩いてストップを掛けようとするアーレンだけど、クリスが止まる訳はない。

ところで、この騒ぎに兵士はおろか、女中さえも全く気を払っていないんだけどね。

どれだけこの光景が日常茶飯事か判る風景だね。

城の皆さん、一応王子が生命に危機に瀕しているんですけど。

と、そこで廊下に一人分の影が増える。


「クリス様」

「あ? ……って、え?」


呼び掛けられて振り向いたクリスが、間の抜けた声を出した。

ついでにアーレンが落とされて床で頭を打ち付けてたりするんだけど、そんな事は最初から気にしていないクリスは、呆然と声の主を見やる。


「城内ではお静かに願います」

「ユー……リィ、だよなぁ?」

「他の誰かに見えますか?」

「えー。いや、その」


困った様な顔をするクリス。

足元には何かヤバイ顔色のアーレンがいるけど、ユーリィも気にしてない。

……あの、本当、僕、ここでやっていける? ねえ、どう思う皆?

聞いたってそう簡単に配属変更なんかしてもらえないんだけどさ!

何でここに配属なのかな僕! ちょっと泣きそう!

僕のごく一般的な強度をもつと思う神経の磨耗は置いといて、クリスは問いを形にする。


「何で今迄クリスカナディス、だったのにいきなりクリスになったのかなー、と」

略称で呼んだほうが好感度アップ……ではなくて、相互の理解を深める為にはこの方が宜しいと思ったのですが、問題がありますか?


疑問形ではあるけど、さすがユーリィ。

有無を言わせぬって正にこの事だね!

あ、好感度云々はクリスには聞こえてなかったみたい。ていうか聞こえてても意味が正確に理解できたかどうか分からないけど。


「勿論ノープロブレムですわよえええ勿論」


カクカクと頷くクリス。

表情は何とか平静を保っていたが、その瞳に映る思いは、”何が起こった!?” と言う恐怖の光。

いや、勿論ベリーの入れ知恵なんだけどさー。

そんなことを知るはずもないクリスにとっちゃあ、本当に唐突だよね。

そのままユーリィはぶつぶつと口の中で呟いた。


「さて……この後は何だったかな……二人で散歩?」

「あ、あの、ユーリィ……?」


さすがに気になったのか、クリスが恐る恐る声を掛ける。

さっきのユーリィの言葉も聞こえていなかったらしい。

ユーリィはその仕草も優雅……というかどこか無機的な動きでクリスの手を取った。

蒼の視線は窓の外へと向く。


それじゃあ行きましょうかクリス様

何処へっ!?

「いいですから、さぁ」

「何だオイィィィ!? へるぷみぃぃぃぃぃ!!


絶叫を上げる王女の事など気にも留めず、鼻歌交じりで廊下を歩く教育係。

近寄りたくねぇー……。

この二人、付き合い自体は結構長いみたいだけどね。うーん、五年以上にはなるんじゃないかなぁ?

それでもユーリィ、あの性格だからなかなか自分出さなさそうだし、クリスは人の心の機微とかに疎そうだしね!

つまり何が言いたいかって、ユーリィがやってることって一人勝手な突っ走りだよねってこと。

──ザ・すれ違い。


「……あー……何か間違ってる気がするんだけどなー……」


悲鳴の木霊も消えた廊下で、倒れたままのアーレンを揺り起こしながら、ベリー。

そして、心の中でそっと呟いた。


──まぁ、俺には関係無いか──


ベリデアッツ・ファンク。

段々と諦めを覚えてきたお年頃です。





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