04:ユーリィの深い憂鬱


さて、暴力王女対反抗隊長の争いは、またまたこの人によって中断した。


「何の騒ぎですか?」

「げ、ユーリィ!?」

「あ、ユーリィ様」


ユーリィが来たと判るな否や、クリスは慌てて取り出しかけていたマシンガンを机の中に突っ込む。

……確かに『乙女の部屋』ではなさそうだね……。

ああ、マシンガンが入るサイズの机なんだよ、深くは詮索しないでね本当。

クリスの行動に気付いてはいたんだろうけど、ユーリィは特に何も言わずに二人を交互に見る。


「クリスカナディス様、反省文は書き終わりましたか?」

「書き終わりましたよええ。きちんと三千回

「宜しい」


ほんのちょっとだけ棘を含めたクリスに言葉にも顔色一つ変えないユーリィ。

何だかクリスが恐れる理由も判った気がするけど。

毎回毎回三千回書き取りじゃあ嫌にもなるわな


「それでは次は違う先生がいらっしゃるので、きちんとお受け下さい」

「判っておりますで御座います」


クリス、敬語変。これじゃあ勉強も大変だねぇ。

あはははは、だから睨まないでってばさー。

ていうか今まで十六年間、色々王女として勉強してきたはずなのにどこに行ったのかなそれは。

あ、もしかして思考のブラックホールに突入とか?

ユーリィ、教育係なら注意しておくべきなんだろうけど、何も言わない。いや言えよ。


「万が一出席しておられない、という事がありましたらもう一度反省文ですよ

死んでも出ます


多少顔を引きつらせながらも何とか笑みを浮かべるクリス。

成る程、こうしてトラウマが。

ふと、ユーリィはベリーに顔を向ける。

目が合ってぴしっと姿勢を正したベリーにユーリィは言葉を発した。


「ベリデアッツ隊長、少しお時間宜しいですか?」

「え? ああ、はい、勿論。何ですか?」

「お話があります」


それだけ告げると、ユーリィはくるりと踵を返す。

髪が長いから後姿女の人みたいだけど、背が高いから近付けば分かるね。

それは置いといて、不安そうにベリーは呟く。


「俺……何かしたのか?」

「へっ、ざまーみろ。手前も反省文三千回書きやがれ」

「貴様と違って俺は普段の行いは良いっ! というか貴様のせいで俺の人生はおかしくなって来たんであってだなぁ……!」

「ほーら、ユーリィが待ってるぞ。お待たせする気ですの? ベリデアッツ様」

「くっ……この小娘……いつか絶対泣かしちゃる……」


ほほほほほ、と効果音がつきそうなクリスの言葉に歯噛みするベリー。

何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえない辺りが哀しいね!

再び敗北感を噛み締めたように、ベリーは外へと出て行った。

何だか後姿が儚げな護衛隊長二十歳


ユーリィは、ベリーを待ってから歩き、先程の部屋からしばらく離れた辺りでぴたりと止まった。

何の飾りもないシンプルな扉。どうやらそこがユーリィの部屋らしいね。

メイドに飲み物を持って来させてから、椅子を薦める。


「どうぞ、ベリデアッツ隊長」

「あ、はい、お邪魔します……」


ぺこりと頭を下げるベリー。どうやら本気で不安になって来たらしい。

結構小心者? って、んなわけないか。

んー、あれかな、あんまり親交はないみたいだから何かって心配にはなるだろうねぇ。

ましてユーリィは感情を表に出さない。何言い出すか分からないよね!


「それで、お話と言うのは?」

「ええ、前々から思っていた事なのですが」


ベリーが一瞬、ヤバイと思ったのか表情を堅くする。

そりゃあそうだよね。

幾ら好戦的で野蛮で口悪くて王女じゃないだろとか思ってもクリスは姫だし。

というか、それに対して護衛隊長が本物の銃器持ち出すってのが問題にならない方がおかしいよね

いや、この国じゃあ今更だろうけど。そして今更だけど結構嫌な国だよね!

そんなベリーの思いとは裏腹に、ユーリィは顔を俯けた。

長い睫毛が伏せられ、小さな声が思いつめたように言葉を紡ぐ。


「どうやったら……クリスカナディス様とあの様に打ち解けられるのでしょうか?」

「…………は?」


数秒の間の後、響いたのは完全に呆気に取られたようなベリーの声。

あはは、今のベリーの顔、唖然としてて面白いよ!

いや、僕も驚いたけど


「幼少の頃よりお仕えして来たのですが、どうも私には打ち解けて下さらないご様子。ですから、一度ベリデアッツ隊長とはお話を──」

「ちょ……ちょっと待って下さい」


頭を押さえて、ベリーは話を遮った。

その顔には、ありありと”何でアレが打ち解けている様に見えるんだこの人!?”という感情が見え隠れ。

罵詈雑言飛ばして実弾打ち合いやって打ち解けか!

物騒な国だなおい。


「その、何で腐れ王じょ──じゃなくて、クリス姫と打ち解けてないと思われたんですか?」

「見ていて判るでしょう?」


ユーリィはため息をついた。

憂いの表情だけで、女性陣から悲鳴が上がりそうなんだけどさ、ユーリィさん。

でもベリーが打ち解けているっていうんだったら他の人は全然打ち解けられないよね! 死ぬし!


「貴方と会話をしている時には、あんなにも快活なご様子なのに

「…………」

「私と会話される時は、どことなく沈んだ調子で……」


あ、ベリーが遠くの世界へ旅立とうとしてる

お花畑は綺麗かい? ああ、お婆ちゃんについてっちゃ駄目だよ!


「ベリデアッツ隊長?」


視線が虚ろなベリーを訝しく思ったのか、ユーリィが名前を呼ぶ。

その声でベリーは正気に返ったみたいだ。よかったね、お帰り

はっと頭を振ってから、視線をあからさまに左右に動かしながら言葉を選ぶ。


「え、ああ、その、何と言うか」

「貴方もそう思われるでしょう?」


いや、コメントに困るよユーリィ

何と言うか、かなり思い込みが激しいのか、悲観的なのか……。

や、違うね、思考回路が悲観的でかつ目に見えたものを素直に受け入れてないよこの人!


「いや、そんな事はないかと思いますけれども」

「遠慮は要りません。何故、私には心を開いて下さらないのか」


はぁ、と本気で悲嘆のため息をつくユーリィ。

遠慮はしてないと思うんだけど、彼にとっちゃ遠慮にしか聞こえないんだろうね!

たまにいるけど困るよねこういうタイプの人。あ、この部分はカットで宜しく

で、次の瞬間、彼はとんでもない事を口走った。


「ああ……何故この思いは届かないのでしょう?」

ぶっ!


その台詞にベリーは、飲んでいた物を吹き出した。

うわー、リアクション大きい! 芸人並だねベリー!


「大丈夫ですか? ベリデアッツ隊長」

「ごふごふげふっ……い、いや、だいじょう…ぶ」


よっぽど驚いたのか、敬語も忘れているベリー。

差し出されたタオルで顔を覆い、しばしそのまま呼吸して気を静める。

いや、僕も驚いたしね。


「え、えっと、俺からも質問なんですが……その、それは、王女に好意を寄せていると解釈して問題無いんですね?」

「ええ……まあ、そういう事になりますか」


ほんの少しだけ、目を逸らすユーリィ。

すっごい貴重だ。ユーリィが照れてるよオイ


「失礼ですが、あれの何処がいい──じゃなくて、何処に惹かれたんです?」

「それはですねぇ、ええと、何と言うか……」


下を向いて、言い辛そうに呟く。

何だか雨降りそうだよ……というか、今日なら槍が降ろうが別におかしいとは思わない

いやマジで。


「あの表情豊かな所とか、いつも元気でおられる所とか……」


思わずあさってを向くベリー。アバタもエクボとは良く言ったものだ。

”この人、悪い人では無いのに……” と思わず十字を切ったとか何とか。それは嘘だけど。

とにかく、ベリーは考えてみた。

表情豊かな所、というのはおそらく銃器をぶっ放して狂気チックな笑みを浮かべてたりする所だろう。

いつも元気、というなら、まあ罵詈雑言を浴びせ掛けるというのも元気でなければ出来ないよね。

何だ、理に適っているじゃないか!

ははは、何だい、何か言いたいのかい? 自分を騙しちゃいけないのかい


「それで、ベリデアッツ隊長、貴方に御願いがあるのですが」

「は、はい、どうぞ何なりと……」

どうやったらクリスカナディス様と打ち解けられるか、ご指導願えませんか?

「…………………」


かなりの沈黙の後。


「……はい」


すべてを諦めたのか、まだ思考回路が復活していなかったのか、ともかくベリーは頷いた。

人生は辛いが、負けるなベリー





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