02:最強教育係と心労大臣、そして頭が春の王夫妻と陰気王子



「何をなさっているんです?」

「あ、いや、ユーリィ、これはその……」


おお、凄い!

あの王女様が口ごもってるよ。

そんな事が出来るのも、彼女のファーストネームをフルで言う奴も一人しかいない。

暴力無差別テロ王女の教育係、ユーリィこと、ユーリアーノス・リベラートだ!

彼が来た途端、場の雰囲気が急速に静まる。


「その武器は何処から持ち出しました?」

「……城の武器庫から……」

「私が戻しておきます。いいですね?」

「…………はい」


特に怒っている様子はないが、愛想もない。

だけど結構な美形だから城内ではモテるという噂。

よく言われることだと、人形みたいってやつかな。人形の方が愛想あると思うけどね。

最強と誉れの高い、クリスの教育係。(クリス談では最凶

二十五歳で丁度売り出し時期だよお客さん!

でも浮いた噂も雰囲気も無い。僕にその顔をくれよ。いや嘘だけど。


「いきなり大人しくなったなオイ?」


ベリーが馬鹿にするように言った。さっきの仕返しだね、大人気ない。

クリスはこめかみに青筋おっ立てるものの、ユーリィがいるせいか反撃はしない。

さすが最強。

ユーリィはそんな様子を気にするでもなく告げる。


「それで、クリスカナディス様、本日は一時から勉強のはずでしたが?」

「あ、それは……」

「すでに三十分遅刻です。理由は後で聞きましょう」

「はい……」


うわ、静か過ぎて不気味だよ。

嵐の前の静けさ……って、考え出した人もこんな気分だったのかなあ。


「…………」


殺意込めて僕を睨まないでくれるかい?

いや、すいません本気で怖いんですけど。

え、僕はどこにいるんだって? いやいやそれは語り部ですから。

うんつまり深く詮索しないでね。これ僕からのお願い。


「それじゃあ、行って下さい」

「判りました」


大人しく答えたけど、ベリーとすれ違う時ぼそっと小声が漏れた。


「手前……後でスマキにして池に沈めてやる……」

「ユーリィ様に言いつけるぞ貴様……」

「教育係に頼らんと私を倒せないのか? 情けないな」

「ぐっ」


情けないという言葉がクリーンヒットした模様!

ベリーは心に十のダメージを受けた!

はい、どうやらクリスに軍配が上がった模様。

勝ち誇った笑みで、城内へと去っていく。

どうでもいいけど、後でユーリィに遅刻の原因を説明しないといけない、っていうのは

すっかり忘れてるみたいだね。

もしかして、ものすごく単純か、鳥頭?


「ベリデアッツ隊長も失礼した。持ち場に戻ってください」

「あ、いや、こちらこそ失礼致しました、ユーリィ様」


慌ててぺこりと頭を下げるベリー。

王女の護衛隊隊長と教育係は、この国では階級的にはそんなに差は無いんだけどね。

年齢差のせいか、はたまたクリスを抑制できる唯一の人物だからか、ベリーは彼に敬意を払っているみたい。

こうしてみると、ベリーもマトモな人間に見えるよね。

皆、よく考えてね! 『見える』ってことはまともじゃないってことなんだよ!


「ユーリアーノス殿ぉぉぉぉぉ!」


涙目でユーリィにすがりつこうとしたのは、ディアバン。

さっきクリスにエルボー食らってた大臣さんね。あー、復活早いなー。

とか言ってる間に、さっ、とよけるユーリィ。お見事。


「どうされましたか、ディアバン様」

「ああああもう姫様はどうしたら良いのか」

「クリスカナディス様が何か?」


見てただろうに。性格悪いねぇ。ユーリィも。

ああ、でも性格いい人がクリスを止められるかどうかははなはだ疑問だねぇ……。


「私に肘打ちを……それはまあ良いとしても! あのままじゃあ婿も取れんのです! この国滅びますよ!?」

何とかなるでしょう

「なるかぁぁぁぁぁ!!!」


とうとう絶叫しちゃったよ、大臣様。

ていうかエルボーはどうでもいいんだ。そんなに受けてるんだ。

鬱屈した感情が爆発したみたいだねぇ。いやぁ大人って大変だ。

いや、僕だって一応分類的には大人だけどね!


「あまり大声を出すと体に響きますよ」

「好きでこんな声出してるんじゃあないっ!」

「そうですか」

「ユーリアーノス殿、姫様の教育係なんだからもうちょっと何とか!」

「努力はしています」


涼しい顔で言うユーリィ。

元から表情をほとんど浮かべてないからそう見えるだけかも知れないけどさ。

涙を流しながら絶叫する老人に対してこの態度だから、根性座ってると言うか何と言うか。


「あああ……あんな調子じゃ先が思いやられる……」


悲嘆に暮れる大臣を他所に、ユーリィはさっさと離れて行った。

石でも背負ってるように地面に手を付いてる大臣が哀れ。

で、前言撤回。薄情なんだ






さて、その様子を見ているのが、僕の他にもう三人。


「クリスはいつも元気ですねぇ」

「ええ、そうですねぇ、女の子ですから」

「ははは、そうですね、元気が一番」

「ええ、そうですねえ、ほほほほほほ」


さて、こんなクソ寒い会話を交わしてるのがこの国の王と王妃だ

クソ寒い会話とは違って、頭の中は年中春状態なんじゃないか。

なんだか会話だけ見ると、冷めた夫婦が交わす会話みたいだけど、まだまだラブラブ。

むしろ、見てるこっちが恥ずかしい

さすが熟年夫婦……。


「まあ、私達も昔はあんな感じでしたからねぇ」

「ええ、そうですねぇ、懐かしいですわぁ」


本気であんなんだったんかお前ら

この国、色々とヤバい気がするのは気のせい? 僕の気のせい?

それは無いよね。うん本気で。

そんなぽわぽわ夫婦と対照的に、じっとりした感じで壁から覗く影が一つ。


「うう……あんなのが王位第一継承権の持ち主だなんて……ひどすぎるぅぅぅ!」


黒髪の結構いい男──って年でもないな。まだ少年?

何か、じとじとしてる。と、いうか一人で叫ぶのはやめようよ。


「アーレン様、お静かに」

「あ、すいません」


女中に注意された彼、アーレンはここの王子。

クリスの弟で、フルネームはアーレンウォルド・エルヌ・シエーヌヴァル。

あははは、立派なのは名前だけってか?

あ、さっき注意したのは別に王子付きの侍女さんとかじゃないよ!

ただたんに通りすがった女中さんから注意されてたんだよ!

つまり立場的にはそんな位置ってことさ!


「ううう、どれもこれも皆、姉上様のせい……いや、姉上様のおかげですゴメンナサイ


普段から随分と躾けられてるみたいだねぇ。言い直さなくても良いと思うんだけど。

クリスがいないのに謝ってるし。

でも、この性格じゃあ仕方ないか……。顔はそこそこなのに、惜しいねえ。


「こうなったら……」


お、何をする気だ?

アーレンが取り出したのは……紐? まさか絞殺する気?

絞殺しても平気で蘇ってきそうな気がするのは僕だけじゃないと思うけどね!


「ふふふ……これを姉上様の部屋の前に仕掛けておけば、姉上様は引っかかって転ぶはず!

 ああ、何てナイスアイデアなんだ!」


そんな根性はないか。ていうか考えが情けな。

これって、どっちが王位を継承しても、この国の未来は暗い、ってことかな……。




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