ヴィルとラティ <6>



そして空は嫌味に晴れていた。
多分神様は私の事が嫌いなんだろうと自虐的思考。

「あーあー……。また職無しか」

声に出してみて余計に惨めさが増した。自虐にも程がある。
ケデャスからも、森からも離れた町、レーアント。
離れているとは行っても、女が徒歩で向かえる距離なので大したものではない。
しかし私にとってはとりあえずの精一杯。
屋台で売っていた麦粉の薄焼きを口にしながら、宜しくない気分で町角を歩く。
あ、行儀が悪いとかそんな事は気にしないで下さい。
美味しいものは即食べるが常識です。特に温かい内が美味しいものは余計に。

普段ならば、これだけでも下向きだった気分は簡単に上向きになるはずだった。
単純だとか言われようが、食で幸せになるのは人間全て共通だというのが私の持論だ。
だけれども、美味しいはずのその薄焼きは何だか酷く魅力に乏しい。
屋台の気のいいおっちゃんの為に補足しておくと、別に不味いわけじゃない。美味い部類だ。
とすると、私の気分が美味しいものでは治らない程に低下しているという事で──これは由々しき事態である。

「……どうしようか」

道っぱたで立ち止まって空を仰いでみる。眩しい。太陽は元気だ。
二階の窓で洗濯物を干す素敵な奥様の姿も見える。その姿は幸せに輝いている様にも見えた。
気分が悪くなったら美味しいもの。安ければなお良し。
大して高尚な趣味など持ち得ない庶民育ちにはそれが一番良い乗り切り方法だと思っている。
だが、今は食欲が湧かない。初めてだ。ご飯はとりあえず食べたがそこは生物ゆえの本能だから置いとくにしても、美味しい菓子があるのに、口に入れているのに気分が上向かないのは人生に置いて初めてだ。だから私は困っている。
危機を感じる基準なんてのは人それぞれなんだから突っ込みは耳に入れない。
とにかく、気分が宜しくない。
原因は、分かっている。
しかし、私にはどうしようもない。

地面に顔を向けた途端、浮かんで来るのはあの小憎たらしいヴァンパイアだ。
ついでに大憎たらしいイーサクロスの姿まで浮かんできたがそれが出てきた辺りの地面を踏ん付けて無かった事にした。周囲の人からちょっと変な女に思われたかもしれない。いやそれはいいのだ。
今頃イーサクロスはどうしているのだろうか。私がいない事で襲撃を諦めたりは──。
しないな。絶対。
歩みを再開しながら私は確信を持ってそう思った。
あの性格悪くて執念深い元先輩が一旦狙った獲物を逃すわけが無い。
だとしたら、その事をヴィルモアに伝えなければならない訳だ──。

「でも、顔見せるなって言われたし……」

また立ち止まって頭を抱える。幸いな事に周りに人はいなかった。
そもそも疑われている身である私がそんな事を言って、まともに聞き入れて貰えるだろうか? 否。
下手すると今度こそ本気で二十年の短い生涯に幕を引きかねない。
それは避けたい。
だけれどもこのまま何処かへ消えるのは寝覚めが悪い。
そう思いながらも、レーアントまで来てしまった。また歩いて戻ったら、一日以上掛かる。
向かうとしたら、早く決断しなければならない。
人生の岐路だ。
私は頭を抱えたまま屈み込む。
地面では虫が必死で餌を運んでいた。
ああ虫よ、お前も色々大変だね。じゃなくて。虫に感情移入している場合ではない。
私は一度深呼吸をし──そして決めた。
屈んだまま顔を向けた先の道は、ケデャスへ、そして森へと続いている。

顔も見た事が無いお父さん、お母さん、もし娘が今からそっちへ行く事があったら、きっと死因は同じ、ヴァンパイアによってでしょう。そうならないように祈っててください本気で。
物心も付かない内に、冥府の住民リストへと名を連ねた両親に願っておく。
神様に祈るのはこの間までの経験に寄って止めた。
というか狭量な神様なんざこっちから願い下げだ。
些か不信心な内容だがそれこそ今更。私は苦難を試練と思い受け止められるような出来た人物ではなかったのだと、自分で諦めもついているから良し。
後は、そう、自分で考えて動くのが肝心だ。
どう動くか? そりゃあ決まっている。

「──よし」

閉じていた両目を開き、私は覚悟を決めて立ち上がった。
当たって砕けそうになったら逃げてやれ。
……いまいち覚悟しきってない気配も感じないでは無いが、人間は迷うものだという過去の偉人の言葉を引用しておこう。
そう思い、道に一歩を踏み出そうとしたその時。
その決意に水を差す様に、唐突に横から伸びて来た腕が手首を掴んで来た。

「うぎゃ!?」

相も変わらず変な悲鳴だが、可愛い回路が私には常備されていないらしい。
振り向いた先には、不審者よろしく黒いローブで全身を包んだ、紛う事なき怪人物。
見覚え? ある訳ない。
ごく普通の可愛い娘が不審者と付き合いがある訳ないじゃないか。

「なななな何ですか!」

手を上下に振ってみるが、腕の主は全く離す気配が見えない。
逆に握る力がますます強くなった様にも思える。

「ええとあの、私お金持っていませんよ」
「……知ってるよ」

必死で言い繕う私に、ローブの人は低い声で返してきた。
その声に覚えがあった私は、ぴたりと手を振る動きを止める。
手首を掴んだ力は、まだ緩まない。

「……あの」
「何」
「二度と視界に入ってくるなと言われた気がするんですが」
「今は僕から入れた」

声にはまだ微妙に棘が残っている。けれども刺さって痛い程では無い。
陽光が降り注ぐ町角で、その姿は異様だったけれども、先程から引き続いて人の姿は見えない。
何を言ったものか、そして相手の意図が分からず黙る私など気にしない風にローブ姿は淡々と続ける。

「話だけ、聞きに来た」

言葉は少ない。
その台詞に、私は瞬いて相手を見やった。雨でも降るんだろうか。失礼だがそう思った。
だけれど、太陽は変わらず天上に鎮座していて雲にその座を奪われる様子は無い。

「えー、と、じゃあ、何から」
「君、何」
「また返答に困る質問を。しかも何か言葉が不自由な異国の人みたいな」
「……人の話」
「聞いてます聞いてます。じゃあ誤解されているみたいなので言っておきますが、私は剪滅隊じゃありません」
「嘘」

何だこの間髪入れない突込み。言い訳を聞くといっておいてあんまりじゃないのか。
思わずそっちの台詞が口に出掛かったが、心の広い私は受け止めようと思う。
いや、最初に若干ふざけた様な台詞を返したのは私だが、素直だからこそ思った事をこれまた素直に吐露してしまうわけだ。単純ではなく素直の部分を強調することを主張する。

「嘘じゃありませんよ。『今は』ね」

だからほら、素直に言ったじゃないか。
一番最初に会った時に。

「確かに私、剪滅隊の隊員でした。──ヴィルモアに会う五日前に、ケデャスで除隊通達を受けてたんですけど」
「除隊?」
「成績が悪すぎたんですよええあなたの言う通りです私はトロくて鈍くてか弱い美少女です」
「最後のは言ってないけど」

盛り上がるべきところで冷静に温度を下げる辺り、やっぱりこの相手は性格が悪い。
勿論そんな突込みを聞いてやる気は無いが。
私は首を振って見せると、やや大袈裟気味にため息をつく。

「役立たずは剪滅隊には要らないんです。実力主義に私は負けました。剪滅隊の聖印も返却して途方に暮れて彷徨っていたわけです」
「さらりと無視したね今。──で?」

手首を掴んでいる手を見やった。ローブの袖に隠れていて分からないが、その感触はざらざらとしている。乾いている。恐らくナイフを持ったときに負った火傷が完治していないのだろう。
そんな中でわざわざ日光の下に出て来たというのか。
馬鹿だ。

「……まあ、傷心を気取ってというか確かに傷心だったんですが、ふらふらと彷徨ってたら、森で迷いまして」
「馬鹿だね」

さっき心の中で私が思った言葉を現実に放たれて少し気分が沈んだ。
馬鹿に馬鹿と言われたら普通の人は傷付くということに同意して貰えるだろう。
相手は私の気分はやっぱり気にしない様に無言で先を促してくる。

「──傷心に止めを刺さないでくれますか。そうしたらヴァンパイアと出食わした訳ですよ、ご存知の通り」
「よく知ってる。そのついでに拾われたんだよね」
「雇われたにして下さいせめて……はともかく、最初の内は、これでもちょっと迷ってたんですよ? 幾ら除隊されたからといっても、元は天敵といわれていたもののところで働く訳ですしね」
「人生全部を自棄で生きてるんじゃなかったんだね」
「私をどんな人間にしたいんですか。話の腰折らないで下さい。……で、まあ、その……。……天敵の所で働く、って事で、私は躊躇いと一緒に、目論みを一つ、その瞬間浮かべました」
「……大体分かるけどね」
「……なんだと思います?」

私は自分よりも上背のある相手を見上げた。
フードで大部分が隠されているものの、血色の宜しくない口元と、僅かに零れる紅の髪。
その唇が、私の代わりに答えを紡ぐ。

「──ヴァンパイアを滅ぼして、隊に復帰する」
「ええ。──正解。ゾンビの相手すらロクに出来ずに除隊を受けた小娘でも、アンデッドロードたるヴァンパイアを倒せば戻れると思いました」

嘘をつくのは簡単。だけれど何よりも難しい。
だから私はあの時真実を答えた。核心は告げないまま。
詐欺師の手段に近いが、あの時の私は、金を巻き上げる種類の詐欺師よりは確実に人間として下だっただろう。
助けてくれた相手を殺して這い上がる手段を考えていたのだから。

「ですけれど、ここで誤算が一つ」
「……?」
「ヴァンパイアが小娘の予想を越えて善人だったんですよもう、何であなたそんななんですか」
「何で僕が責められるのさ」

不服気なローブ姿の声は無視して、私は自由な方の片手で顔を覆う。
犬だ犬だ言いながらも、ヴィルモアは私に無茶はさせなかった。
昼間だろうがなんだろうが、城に来る相手が自分の手に負えないと思ったらさっさと起こせ、と言った。
滅びるんじゃないですかと聞いたら、起きたら君の死体が転がってるよりはマシだよ、と笑った。
もう心底馬鹿だと思った。

雇われて二日目にして、私はこのヴァンパイアを滅するのは無理だと判断した。
赤子の時はカウント出来ないとして、私はそれまでヴァンパイアというものとまともに対面したことが無かった。だからこそ、私はヴァンパイアの力を若干舐めていた。
……まあ実際の実力差は身をもって痛感したが。
だが、それよりも何よりも、私の中の良心が勝てそうになかった。
アンデッドは邪悪なものだと盲目的に信じていた訳ではないが、さすがに人間としてみても善人というか人のいい部類に入りそうなヴァンパイアは想像していなかった。
当然のことながら、刃を振り上げる事なんか出来る訳も無い。
それどころか、倒して私の順調なる人生の礎となってもらうつもりが、逆に心配になってしまった。
だから、虎の子である抗魔鏡を渡してしまった。
いやはや、私も馬鹿だ。
手を下ろして肩を竦めようとした時に、ローブ姿の不審人物は再び疑いの言葉を発した。

「……だけれど君、変な男と手を組んだだろう」
「変な男? ああ、イーサクロスですか」
「名前なんか知らないけどね。黒髪の腹の立つ男」
「ああ間違いなくそれだ」

思わず間髪入れずに手を叩いてしまう。
黒髪の男ならばともかく、腹の立つ、の語が付けばイーサクロスに違い無し。
こんなローブ姿に『変な男』呼ばわりされたと知ったら怒るだろう。私には関係無いが。

「彼は私が除隊させられたことを知らなかったから、私を利用しようとしたんですよ。まさかこの広い世界であんなタイミングで運悪く前のお仕事の知り合いに会うなんて誰が思いますか」
「──だから僕だって当然疑うに決まって……止めとこう。それより、利用?」
「私に内部から手引きをさせて、自分が手柄掻っ攫おうって腹積もり。……私が何言ったって聞かなかったのはヴィルモアと同じですね」
「あんなのと同類にしないでくれる」
「同族嫌悪ですか。まあいいです。ともかく、彼は私の話を聞かないで一方的に計画を押し付けて来たんですが、そもそも私はそれを実行する義理も義務も無かった訳です」
「何か聞き捨てならない言葉は後にしとくけど、素直に除隊された、って言えば良かったじゃないか」

私は溜息。このローブ姿はイーサクロスの性格が分かっていない。
いや、まともに触れ合った事なんて無いだろうから分かる訳もないだろうが。
もっとも、すぐにイーサクロスの思考回路を理解出来る相手とは正直あまりお付き合いしたくない。
あの類を理解出来る人種は、そもそも自分と同じ系統の人間と深く付き合おうとはしないものだが。
空を仰ぐと太陽が眩しい。いい天気だ。

「除隊されたと伝えたとしても、迂闊にヴァンパイアを擁護する発言なんかしたら、どんな行動に出るか分からない。既に配下に転んだと見なして私の胸に剣を突き立てかねないんですよあの眼鏡」
「昼間に出歩いているのに配下?」
「魔術で洗脳されてるかも知れないでしょう? その位の心意気が剪滅隊には相応しい」
「馬鹿げた精神だね」
「──ともかく、その場は適当に相槌を打って、帰ってこれを伝えておかなきゃなと思ったら当のヴァンパイアはご立腹」

そこだけ、フードの奥で口元が僅かに歪められた。
少しの間の後、呟くように声が漏れる。

「……君は何も言わなかった」
「……それは否定しません」

初めて会ったあの場所で、職業について深く触れなかったのを逆手に取ろうとしたのは私だ。
滅するのは無理だと判断した後も、剪滅隊のメンバーが来たと聞いた時も、事実を伝えなかったのは私だ。嘘はついていなかったが、隠し事はしていた。
忠犬の称号は貰えないだろう。いやそれは要らないが。
一旦言い損ねた事を、改めて言うのは難しい──とはこちらの言い訳だろう。
イーサクロスの存在を伝える時に一緒に伝えるつもりだった、というのも後になってからの自分への言い訳だ。
大分、私は自分の身が可愛かったらしい。

「……すみませんでした」

漏れた声は本心だった。過ぎた保身は結局身を滅ぼすのだ。
今手首を掴んでいる相手の好意に私は甘え過ぎていた様だ。
そうして失いたくないと思う程度には、あの生活を気に入っていたらしい。
一言だけでも伝えておけば良かったのだろう。
テンポが遅いとしばしば言われた私だが、気付くのも常に一歩遅い。
そうしてその後は、しばらくの無言。
言う事をとりあえず言った私はただ相手を待つ。
少しの後、ローブ姿は考えながら繋げるように言葉を発した。

「……君に素直に謝られるのは、ゾンビに流暢に話し掛けられるよりも慣れない」
「慣れるどころか可能性無いじゃないですかそれ」
「大丈夫。流暢に喋るゾンビは一回だけ見かけたことあるから」
「どっちにしろ限りなく低いですよね」
「否定しない」

さっきの私とやっぱり同じ様な言葉を呟いてローブ姿は頷いた。そこは否定して欲しかった。

「でも」

私が言葉を返す前に、相手は言葉を続ける。

「聞かないでおいて、言わなかったからって怒るのは、少し筋違いだったかも知れない」

手首を掴んでいた掌が離れた。
力を入れていなかった私の腕は重さに従い、あっさりと下ろされる。
ようやく彼はフードを少し上げて、その紅瞳で私を見た。

「……悪かった」

逆光とはいえ、日光の下で見るヴィルモアの顔は驚く程青白かった。
瞬きを三回ほどしてから、私は唇を開く。

「は?」

謝られるとは予想していなかったので、間抜けな声が出た。もう何度目だか。あ、数える気は無い。
ヴィルモアは繰り返す気はないらしく、フードの上から頭を押さえると、溜息と一緒に言葉を吐き出した。
それは私への説明だったか、それとも自分への言い訳だったのか。

「犬に怒鳴って、犬にいなくなれって言ったら、実際いなくなった」
「……はあ」
「そうして、その後で大人げなかったと思ったら、君はどうする」
「…………」
「探すだろ。そうして?」

私は答えない。
ヴィルモアは肩を竦めると、もう一度私の手首を掴んだ。

「──帰るよラティ犬。結構日中は僕でもキツイんだから」
「……何で昼間に出てくるんですか」
「犬を迎えに行くのは飼い主の務めだ。他の人に噛み付かない内にね」
「とことん犬扱いですか」
「虫扱いにして欲しい?」
「……犬で良いです」

頭を下げた私の上で、ヴィルモアが微かに笑う気配がした。
くるりと方向を変えると、前に立ったヴィルモアは手首を掴んだまま歩き出す。

「え、って、今からですか?」
「どうせ君の足だと一日以上掛かるんだろうから、夜に出発しても結局朝になるだろ」
「そりゃそうですけど、でも、此処まで来るのにヴィル、体力」
「犬が余計な気を遣わないでいいんだよ。僕を何だと思ってるのさ?」
「傲岸不遜で尊大かつ自意識過剰なヴァンパイアです」
「……一番最後以外要らない」

鼻で笑いかけて、私の切り返しにむすっとした顔をうかべると歩くスピードを彼は速める。
小走りになりながらついていく私は、思い切り忘れていた事を尋ねた。

「そういえばヴィルモア、めが……イーサクロスは?」
「ヴィルだよ。── 殺すと後に他のが来て面倒かと思ったんで、軽く記憶弄って遠距離馬車の荷台に放り込んできた。目も醒めないようにしておいたから、今頃だいぶ遠くまで行ってるんじゃないの」
「……そうですか」

物凄く憎たらしいが、それでも死んでいない事実にほんの僅かな安堵を覚える私は結構甘いのだろう。それ以上に目の前のヴァンパイアが甘いにしても、それで世界が回るのならば良いのだ。

「僕も忘れてた。森の入り口のナイフは?」
「あれ、気付いたんですか。あなたへのささやかな嫌がらせですよ。町へ出かけるときに見かけて嫌な気分になってしまえと」
「……まあ、そんなもんだと思ってたけどね。戻ったら抜いてよ」

何でか少し疲れた口調でいうヴィルだが、私はやっぱり素直に返答したので悪くは無いと思う。
もっとも、少しばかりは、あれを見てイーサクロスが気分を変えないかなと思って刺したのは否定しないが、わざわざそれを口に出す必要も無かろう。

「後そういや君、道端で死にかけてた貧乏人の癖に、よく抗魔鏡なんて持ってたね」
「剪滅隊の備品だったんですよ」
「盗ったの?」
「失礼な。ただ私は壊れたことにして貰っておいて、困ったら売ろうと思っただけです」
「……最初も言ったけど君さ、神経図太いでしょ」

その言葉に私はヴィルモアの隣に並んで首を振る。

「失礼な。私の神経は蜘蛛の糸並に細いです」
「べたついてる神経なの? 気持ち悪いね」
「乙女に向かって気持ち悪いとか言わないでくれますか」
「僕の目の前には犬しかいないけど?」

微笑むヴァンパイアの顔はそれはそれで非常に腹の立つもの。
道に目を下ろすと、そこには私の影しかない。
けれども、その手の先が繋がっている相手は、一応いるのだから、その存在を否定する事はないだろう。

「ヴィル」
「何、ラティ犬」
「影出さないと思い切り怪しまれますよ」
「……君、余計なところにだけ気がつくよね」
「細やかな私」
「はいはい」


速くなったはずの歩調はいつしか私に合わせられ、ゆっくりとしたものになっていた。




【ヴィルとラティ・終】