粉雪幻想




村に、その年初めての雪が降った。
夜の内から振り出していたらしく、既に木々は白帽子を頭に飾っている。
去年も飽きる程に見たのに、それでも気分が高揚するのを感じてティクマは叫んだ。

「母さん、遊びに行ってくる!」

言うが早いか、彼専用の高さが低い衣装掛けから外套を掴んで腕を通し始める。
この衣装掛けは、きちんと片付ける事を約束して、六歳になった時に父親が作ってくれたものだ。
ボタンをかけるのに手間取っていると、台所から母親が出てきた。

「ちゃんと帽子を被って、手袋もつけて行くんですよ」
「手袋はどこ?」
「棚の小物入れの中にあるはずだから、今取ってきて──」

母親の言葉はそこで遮られた。
暖炉の火が立てる音がほとんどを占めていた部屋に、赤ん坊の甲高い泣き声が響く。
ティクマの弟のヨールスが泣き出したのだ。
さっき言ったところにあるから自分で探して頂戴ね、と言って母親がそちらの部屋に向かってしまうのを、ティクマは面白くない気分で見送った。
棚を乱暴に開いて帽子と手袋を取り出し、自分で帽子を被る。
去年までは、出掛けると言ったら母親が帽子を被せてくれたというのに!
弟が出来てからは母親はそちらに掛かり切りだ。
自分で何も出来ない奴だから仕方ない、とティクマは思おうとしているけれど、やっぱり面白くないものは面白くない。
そんな気分を振り切るようにして彼はドアを開けた。

「行ってきます!」

背後で母親が遅くならないのよ、というような意味のことを言っていたが、ほとんど聞こえなかった。
冷たい風がティクマの顔を撫でていく。
絵本で見た青白い半透明な妖精が横を過ぎていったような気がして、ティクマはぶるりと体を震わせた。
向かう先は決まっている。
ゆっくり歩くなんて事をするのがまだるっこい気がして、ティクマは走った。
家の間を抜けて、森の中へ。
村の近くの辺りは木々もそれほど鬱蒼とはしておらず、危険な動物も少ない。けれども一人で森の中を抜けていくその時、ティクマは自分がとても強い戦士になった様な気分を心の底の方で感じていた。
随分長い間走って──実際はそれほどでもないけれど、ティクマにとってはとても長く──目的の場所に辿り着く。

そこは小さな池があって、まるでステージみたいに丸く木々が開けているのだ。
夏の間は動物たちもこの小さな場所によく集まっているのだが、寒くなってくると途端にここは静かな場所に変わる。
時々水鳥が舞い降りてきたりもするこの場所が、ティクマは何よりも大好きだった。
散歩(ティクマはそれを探険と呼んでいた)をしていて見つけてから、まだ誰にも、母親にさえ言っていない秘密の場所である。
狩人たちや森に来る大人は当然知っていただろうけれど、それらと出くわしたことの無いティクマはここを自分だけの場所と思っていた。

水面には薄く氷が張っていたけれど、まだ全然乗れるほどじゃない。
焦って水浸しになるなんて、間抜けのやることだ。ティクマは父親の口調を真似してそう考える。
ここにきて、池の近くの岩の上に座って時間を過ごすのがとても楽しいのだ。
今日もその定位置に座って、池に来る鳥や来る雪を眺めようと思ったのだけれど──。

あれ? とティクマは首を傾げた。
誰もいない、彼だけの場所のはずのそこに、誰かが座っていたのだ。
背中を向けているから顔までは分からないけれど、多分ティクマと同じくらいだろう。

「……誰?」

村では見たことの無い子の気がして、ティクマは問い掛けた。
岩の上の誰かはびくんと体を震わせて、一瞬振り向いてから岩を飛び降りる。

「あ、待って!」

ティクマは慌ててそれを追いかけた。
自分の場所を取られた事に対する苛立ちよりも先に、あの子は誰だろうと思う方が強かったのだ。
岩から飛び降りてバランスを崩したせいで走り出すのが遅れたその子の手を、ティクマは急いで捕まえた。
振り返ったその子の顔を見て、ティクマは目を丸くする。
さらさらの銀髪に、綺麗な青い目!
特に青い目は、ちょうどこの池が凍った時みたいに少し白みがかった色だった。

「あ、ね、ねぇ、君は誰?」

捕まえておいて何も言わないのがためらわれたので、ティクマは急いでそれだけ聞く。
どうやら同じ男の子みたいだったけれど、彼が何も言わないので続けて言った。

「僕、ティクマ。ずっと前から、この場所、秘密の場所にしてたんだけど──」
「……、……ぼくも、前から来てた」

やっと返ってきた答えに、ティクマは安心すると同時にちょっと不満だった。
前から来てたのなら、どこかで会っててもおかしくないはずだ。
自分の言葉を聞いてから、この場所を取られたくなくて急いで嘘をついたのかも知れないと思った。
けれど、どっちにしろこの子がティクマの大切な場所を知っているのは事実だし、だとしたら大切な事を言わなければならない。

「そうなの? でも僕、この場所、秘密にしたいんだ。だから君、友達とかに教えないで?」

この場所が賑やかになってしまうことも嫌だったし──何より「秘密」でなくなるのはとても嫌な事だった。
手袋もせず寒い場所にいた男の子の冷たい手をぎゅっと握ったまま、ティクマは首を傾げる。

「僕も他の子には言わない。だからね、お願い?」

彼は瞬いて、掴むティクマの手を見下ろした。まつげも白いんだ、とティクマは気付く。
少しの間、口を開くかどうか迷っていた様子の男の子はやっと声を発した。

「……いいよ」
「本当?」
「でも、ぼくからもお願いがあるんだ」

お願いと聞いて、途端にティクマは不安になった。
一体何をお願いされるんだろう。母親や父親から用事をお願いされた事はあるけど、同じ年頃の子からお願いされるのは初めての経験だった。
そんなティクマに男の子も不安になったのか、さっきよりも小さい声で呟いた。

「ぼくと、友達になって」
「え?」

予想しなかった言葉に、ティクマはきょとんとして彼を見詰める。
そんな様子を違う方に受け取ったのか、男の子は泣きそうな顔になった。
ティクマは慌てて首を振る。

「うん、いいよ、友達。秘密の場所の、友達だ!」

笑って言う事が出来たその言葉に、彼もぱあっと笑顔を浮かべた。
その顔が本当に嬉しそうだったので、ティクマは自分がとてもいい事をした気分になったくらいだった。
白いコートを着たその男の子は、笑顔のまんまでありがとう、と言った。

「じゃあ、ここで遊ぼうよ、僕らの秘密の場所だもの」
「分かった。ティクマ、でいい?」
「構わないよ。……あ、君の名前、まだ聞いてない」

予想外に出来た友達に興奮していたティクマは、ようやくその事に気付いて男の子に尋ねた。
男の子は握手を求めるように手を差し出して、こう言った。

「ぼくはジャック。宜しくね、ティクマ」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




それからほとんど毎日、ティクマはジャックに会いに秘密の場所に行った。
お手伝いを言いつけられたり、あんまりにも雪が酷い日には外に出して貰えなかったりもしたけれど、それでもティクマがその場所に行った時にはいつもジャックがいた。
ジャックには『他の子には言わない』と言ったけれど、他の子も何も、村にはティクマと同じ年頃の子は女の子しかいなかったから言う相手もいなかったのだ。
女の子はどうにも、部屋の中でお人形で遊んでばかりでティクマには面白くない。
だからジャックは初めての話の合う友達といって良かった。
一人では手が冷えるだけだった雪だるまも、友達と一緒なら作った後の喜びを分かち合えたし、雪合戦で戦う事も出来た。
ティクマは毎日が楽しいから、このまま冬が終わらなければいいな、とも思った。
春が来て、夏になったらティクマも家の手伝いが忙しくなってしまうからだ。
それはきっとジャックだって一緒だろう。
だって一度、春が来ないといいのにね、と言ったらジャックも少し目を丸くしてから、そうだね、と笑ったから。



そんな二人の思いに反応したかのように、その年は春になっても雪が止まなかった。



「ただいま」

ティクマが家の玄関で雪を落としていると、母親が寄って来た。
一緒になってティクマの帽子や服についた雪を落としてくれたが、その顔は少し困ったような顔をしていた。

「ティクマ、最近帰ってくるのが遅いわよ。只でさえ変な年なのだから、心配させないで頂戴」
「……はーい」

母さんは雪の楽しさを知らないからそんな事を言えるんだ、と思ったけれどティクマは口には出さなかった。
外套を暖炉の近くの椅子の背にかけて乾かすようにしてから、ティクマはテーブルへ向かう。
椅子に座るのと同じくらいに、母親が温めたスープとパンをティクマの席に置いた。

「父さんは?」
「今日は村長様のところでお話があるそうだから、先に食べてなさい」
「はーい」
「母さんはヨールスにご飯をあげてくるから、食べ終わったら台所に持っていっておいてね」

そうしてさっさと隣の部屋にいってしまった母親にまたむっとする。
一人で食べるご飯はどうにも味気ない。いつもならば父さんがいるからそれ程でもないのだけれど──。
村長様のお話とは何なのだろう。きっとティクマには難しくてよく分からない話に違いない。
いつか大人になったら、僕もその中に入る事ができるに違いない。
そう結論付けたティクマは、味気ない食事を終えてテーブルを立った。
勿論台所に食器を運ぶのも忘れちゃいない。ティクマは物覚えのいい子だった。
外では雪が風に吹かれて唸りを上げている。
ジャックは大丈夫かな、とティクマはふと思った。
白いコートのジャックの事を、そういえばティクマは名前以外何も知らないのだった。
村の子ではないのは確かだから、森に住んでいる狩人たちの息子なのかもしれない。
彼らはたまに村に来る以外はずっと森の中にいるから。
ご飯を食べ終わって、することもなくなったティクマは眠る事にした。
今日も一日遊んできたから、程好い疲れが体を支配している。
ティクマが着替えてベッドに入る頃、父親が帰ってきたらしく扉の開く音がした。

『あなた……どう…した?』
『ああ、皆……。この雪……止……きゃ、農作……が育たな……』
『どう……のかしら、今年は……』
『……ねえ。と……く、神様……るしか……』

布団に潜るティクマの耳に、父親と母親の声が途切れ途切れに聞こえたが、その意味を理解する事も無く彼は眠りに落ちていった。
明日はジャックと何をして遊ぼうかな、と思いながら。


次の日ティクマは急いで秘密の場所へと向かった。
昨日の強い吹雪で、やっぱりジャックが心配になったのだ。
いつもの場所へ向かって、そこにいつもと変わらずジャックがいるのを見て、ようやくティクマはほっと白い息を吐いた。
息を切らしているティクマに、ジャックが不思議そうに声をかける。

「どうしたの?」
「ううん……雪がすごかったから、君が心配になったんだ」
「そうなの? でも、ぼく平気だよ」
「うん、じゃあ良かった」

その答えに笑ったティクマだったが、すぐにその顔は伏せられてしまった。
ジャックがまた心配して声をかけてくる前に、ティクマは足元の雪を蹴って彼に尋ねる。

「ねぇ、ジャック、ジャックの母さんて優しい?」
「ぼく? ぼくは……。……うん、優しい、んだと思うよ」

何でか少し困った風な返事を返すジャックだったけれど、ティクマは言葉を続けた。

「僕の母さんさ、弟が出来てからずーっとそっちばっかりで、僕の事なんかどうでもいいみたいなんだ」
「……そんな事ないんじゃないかな」
「だって、僕の事を構ってくれないんだもの」

頬を膨らませてティクマは今までの不満をジャックに話した。
『お兄さん』になるんだねという言葉にはちょっと嬉しくなったけれど、実際はこんなものだった。
母親は構ってくれなくなるし、手伝いは今まで以上に言いつけられるし──。
大体を話した所で、今度はジャックが尋ねた。

「でもさ、ティクマ、お母さんの事は嫌いじゃないんでしょ?」
「うん……」
「弟ができたから、構ってもらえなくなったんだよね」
「そうだね」
「そっか……」

ジャックは少し何かを考えたみたいだったけれど、そこから先は何も言わなかった。
替わりに笑って、ティクマの手を引いた。

「じゃあ遊ぼうよ。きっと、その内良くなるよ」
「……うん」

ティクマは正直、何だい勝手な事言って、と思ったけれど、ジャックが自分を思って言ってくれてる事を知っていたから口に出さなかった。
ジャックとティクマは、その日も日が暮れるまで遊んだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




そのまた次の日。
ティクマは雪の唸り声ではなく、母親の叫び声で目が覚めた。
お皿を割ったとか、何かを零したというのとは違うその叫び声に、ティクマは背筋をぞっとする何かが走ったのを感じる。
寝巻きから着替えもせずに部屋に走っていくと、何か叫ぶ母親を父親が宥めているところだった。
父親がティクマに気付くのと同時に、母親も彼に気付いた。
どうしたの、と問う前に、母親がティクマに抱きついてくる。

「ああ、ああ、ティクマ、あなたは大丈夫なのね、ああ」
「母さん? 痛いよ」

ぎゅうぎゅう締め付けてくるその腕に、ティクマは顔をしかめた。
父親が母親をティクマからはがすと、その背を落ち着かせるように叩く。

「大丈夫だ、大丈夫、今、医者を呼んでもらったから」
「お医者さん?」

いつに無く険しい顔をした父親に、ティクマも不安になって尋ねた。
父親がいて、母親がいて、ティクマがいる。ということは、後は一人しかいない。
ティクマは扉の開いていた部屋の中へと走りこんだ。

「……ヨールス?」

胸がどきどきするのを感じながら、母親のベッドの隣に置かれた小さなゆりかごの中を覗きこむ。
昨日までは喧しく泣き叫んでいたはずの弟は、ティクマが覗き込んでもぴくりとも動かない。
ティクマがその小さな手にそっと手を伸ばした。
まるで凍ってるみたいだ!
その冷たさに驚いてティクマは手を引く。
外見はそのままなのに、本当に凍ってしまったかのように冷たくて、全然動かない。
驚いているティクマの肩を、父親が強い力で引っ張って、お前は部屋にいなさい、と言った。

ティクマが部屋から追い出されるのと同時に、医者と隣のおばさんが入って来た。
どうやら彼女が医者を呼びに行っていたらしい。
大人たちが皆、ヨールスのいる部屋に入ってしまってティクマは一人残される。
部屋の中からは、おかしい、だの、人じゃこんな事はできない、悪い妖精の力に違いない──といった声が聞こえてきた。
ティクマはその言葉に、ふっと昨日の事が思い浮かんだ。
まさか!
そんな事は無い、と思いながらもティクマは自分の部屋に走りこんでいた。急いで服を着替えて、外套を着て、帽子を被る。
手袋は走りながらはめるつもりだった。
大人は部屋にいるから、少しくらいティクマがいなくなっても気が付かないだろう。
ティクマは扉をなるべく静かに開けて外へ飛び出した。



「……どうしたの?」

ジャックが昨日と変わらない言葉でティクマを迎えた。
白いコートの彼は、青い瞳で微笑んでいる。
ティクマは自分が思った事がとんでもない事に思えてきて、ええと、と口篭った。
様子に首を傾げて、ジャックは座っていた岩の上から飛び降りる。今度は焦っていないからか、バランスを崩さない。

「どうしたの、ティクマ」

もう一度同じ事を聞いて、ジャックが季節外れの雪を踏みながら近寄ってくる。
それが何となく怖くて、ティクマは数歩下がってしまった。
ジャックは少し悲しそうな顔をして、そこで立ち止まる。

「……どうしたの。今度は、きみ、お母さんに構ってもらえるでしょう?」

その言葉にティクマは弾かれた様にジャックを見詰めた。ジャックの銀髪がさらさらと風に揺れる。
ああ、どうして気が付かなかったんだろう。
ジャックの頬は、幾ら寒いところにいても、ティクマの様に赤く色付く事は決してなかった。
そうして、ジャックの手は──さっきのヨールスみたいに、いつでも冷たかった。

「……僕、あんな風に、あんな風にして欲しかったんじゃなかった」
「そうなの? でも、弟がいなければ、きみは元と同じ様に可愛がってもらえるんでしょ?」
「そうだけど、そうじゃないんだ、違うんだ」

言いながらティクマは涙が浮かんできそうだった。
ヨールスが凍ったみたいになってしまったのは、自分のせいだと思ったし、この優しいジャックがそんな事をしてしまったのも自分のせいだと思って悲しくなってきたのだ。
でも、悲しくて泣いてるだけじゃヨールスは元に戻らない。
ティクマはちゃんと言わなければならないのだ。
泣きそうなティクマに、ジャックはとても動揺した様子だった。何でそんな顔をするのか分からない様だった。

「ねえ、ねえ、ティクマ、どうして泣くの」
「違う、違うから」
「泣いてるのは違わないよ。どうして、お母さんに怒られたの?」
「違う、ヨールスが」
「弟がいないほうが、きみは可愛がってもらえるんでしょ?」
「違う!」

ティクマは涙声で叫んだ。
ジャックはひどく驚いて、ティクマの方に伸ばしていた真っ白い手を空中で止める。
その指先に付いた爪さえも、ピンク色には染まっていない。

「違うよ、ジャック、僕は君に、こんな事をして欲しかったんじゃない──」

とうとう泣きながら呟くティクマに、ジャックは傷付いたような表情を見せた。
空中に止められた手はティクマに触れることはなく、彼の体に引き戻される。
やはり白い唇が、二、三度震え──。

「──……ごめんね……」

やっとティクマに聞こえる程度の声で、そう呟いた。
顔を上げたティクマも、ジャックの顔を見て目を見開く。
彼もぱたぱたと涙を落としていた。ジャックの涙は、顔を伝って落ちる前に雪となって風に飛ばされた。

「……ごめんね──」

もう一度だけ、ジャックは呟いた。
同時に、物凄い風が吹いてきてその寒さと強さにティクマは思わず目を閉じる。
目を開くと、その場にもうジャックはいなかった。
さっきまで降り続いていた雪も、どんどんまばらになって止んでいく。

「……ジャック?」

ティクマが呼ぶ声に、返事は無かった。風すらも吹かなかった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





次の年。
初雪が降り始めると、ティクマはすぐに帽子を被った。
足元では、歩けるようになったヨールスがついてきたそうにティクマを眺めている。
もっと大きくなったらね、と言ってから、ティクマは母親に声をかけた。

「母さん、出かけてくる!」

返事を聞く間すらも惜しく、口に手袋の片方をくわえて外に走り出した。
雪が降り始めたら、あの場所へ行かなくてはならない。

謝らなくては、傷つけてしまったあの子に謝らなければ。

一心にティクマは走る、走る。
謝らなければ、初雪と共に現れる、銀の髪と青い目をしたあの子に謝らなければ。

彼の名はジャック、ジャック。
ジャック・フロスト。

冬の間だけ現れる、僕の友達。




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