目が痛くて見ていらんねぇよ、って方は此方へ→控え目 ある朝起きたら、蛍光イエローの魚が泳いでいたら、一体君はどうするだろうか。 少なくても俺に有効な手段は見当たらなかった。 「……何だこりゃ」 至極当然。疑問を口に出そう。オーケイ。誰も答えちゃくれないけどな。 突付いてみた。少し揺れた。 掴もうとした。逃げられた。 思い切り殴ったらクローゼットの扉まで吹っ飛んで、弾けた。破片が飛び散って、鮮やかなピンクの花が伸びて咲いた。 「────」 掛け布団を捲ったら、それは馬鹿でかいカレイだった。 左右に離れた目が、眠そうに睨んで来る。そんな目で見るな。 お前がここにいるのは俺の所為じゃないんだろ? 「おはよう」 「はよー……」 挨拶をしようとして、俺は相手の手元を凝視した。軽快な音を立てて、菜箸がネギを刻んでいる。おいおい。お前は何時からそんなに鋭くなったんだ。 菜箸を鍋の底に沈めると、お袋は振り向いた。耳元に下げたハイビスカスの赤が眩しい。 「ご飯、出来てるよ」 「あ、ああ……」 テーブルの上にちゃぶ台が乗っているのはもうこの際どうでも良かった。 味噌汁を置いて台所へ戻る母の後姿を見て、俺はこう思うわけだ。 なあ、お袋。何で頭にぶっとい釘みたいなのを刺してるんだ。テレビで覚えた最近の流行とかトチ狂ったこと言わないよな。 卵焼きを食おうとしたら、足が生えて逃げた。箸を刺して急いで止める。じっと見つめたらほのかに赤くなった。見なかったことにして食う。甘かった。 食べながらテレビを見ていると、画面から緑色の小人が飛び出してきた。思わず目を擦る。 寝惚けてるにしても今日は酷すぎる気がする。お袋が走り回るうるさい小人を捕まえた。 「今日はまあまあだね」 何がまあまあなのか分からないうちに、俺の味噌汁に小人を突っ込んだ。 ほうれん草みたいな色した小人は、ジャガイモの味がした。 「出掛けて来る」 変な家から逃げようと飛び出した外は、もっと変だった。 電柱がハルジオン相手に人生相談をしている。 立ちっ放しで神経痛だって? そりゃ大変だな。でも、お前の神経って何処なんだ? 縦横無尽に走る電線の上を、牛が歩いていた。 サーカス顔負けだな。マダム、今日は何処までお出掛けですか。下らない事を考える。 牛が振り向いた。一瞬心の声が聞こえたのかとぎくりとするが、牛は笑った。どう見ても笑った。 「良いお日和ですね」 「あ、はい……」 牛は首に下げた風鈴を鳴らして挨拶をした。俺は丁寧に礼をした。 黄緑色した風鈴は、メェメェ笑った。笑った。 そろそろ自分の感覚が異常なのか正常なのか判断に困ってくる。すでに壊滅的に異常? でも目の前にある現実を受け入れないのはそれこそ異常って奴じゃないのか。人生は難しい。 積み木を積んだような鮮やかな色の道路の上を歩いていると、向こうから人が来た。 腹に変な物をつけている。視線が合ってしまった。 「こんばんは。今日はトマチケイチトが良いですね」 「は?」 「トマチケイチト」 「とま……?」 「私が考えた、『天気が良いですね』という意味の言葉です」 「はあ、でもそれだとさっきのは、『天気が良いですね良いですね』になるんじゃ」 「それも入れてトマチケイチトなんですよ」 俺の突っ込みどころもどこか違うだろ、と自分に突っ込む。トマチケイチトよりもトマトマトンの方が語呂が良くないか。それも違うか。 相手の腹を見ると、手が生えていた。 目の前の相手は中年の男だったのだが、恥ずかしそうに頬を染める。その様子は正にトマト。 「今日はこんなところに生えてきちゃいましてねぇ。背中だったら痒いときに掻けて良かったのに」 「はあ」 「でも足に生えたときよりはいいかな。あの時は改札に引っかかってしまってね。通勤のときにも女性に痴漢と間違われるし。それを思ったら腹なんてまだいいほうですよね」 「はあ」 はあはあ言ってて変態か俺は。 思わず自分の体にも何か生えてないか確認するが、幸いなことに何も生えてなかった。 男は帽子を取って、挨拶する。 「じゃ、私はそろそろトテチテテトタに行かないといけないので」 「はあ」 トテチテテトタが何なのか聞く前に、禿げた男の頭にプロペラが生えて飛んでいった。 電線を歩いていた牛とぶつかって謝っているのを横目に、俺は歩く。 「今日はレタスが安いよ」 「おまけに掃除機もつけてくれない?」 「おおっと奥さん、そいつぁ無理だ。だけどハンダゴテならおまけだ」 「あらそう? どうしようかしら」 メインはレタスなのか。悩むなよ奥さん。あんたは何にハンダゴテを使うって言うんだ。 商店街を通り抜けながら、俺は突っ込む。 あまりに色々な店で突っ込みどころが有りすぎて、一々思い返すのも面倒くさい。 異物入りと銘打った菓子パン。流行に乗ったつもりなんだろうが、問題有りだと思うぞ。 生肉の入った野菜ジュース。独創的過ぎて泣けてくるね。 ケルケルモンの入った酢豚。……最早俺には理解できない。 「やあ、そこの君! 何を困っているんだい?」 「……は?」 振り向いたらサルの人形が立っていた。 俺の頭の中には、サルの人形に話し掛けられたときの対処法は書き込まれてないんだぞ。 マニュアル世代には指針を与えてくれ。 「君だよ君! ああ、僕の名前は妖精ピルピルさ!」 「殴り飛ばしていいか」 小人に妖精。やめてくれ。俺は電波とかは受け取りたくないんだ。 係わり合いにならないで逃げるべきか。 「まあそれは冗談として、困っているだろう、君?」 「見も知らないサルの人形に話し掛けられて今人生で一番困っているな」 「嫌味臭い。でも僕は心優しい。僕が君を助けてあげよう」 「助ける?」 サルの人形に何を助けられるというのか。 ピルピル(仮名)は、手にもったシンバルをバンバン鳴らす。 「そう、君の目を覚ましてあげよう。それっ!」 ちょっと待てサル。 言う前に、シンバルで頭を強打されて、俺の意識はカラフルに散った。 ぴぴぴぴぴ。 腹の立つくらいに変哲の無い時計の音が鳴る。 俺はベッドから身を起こした。魚は浮いていない。 布団はちゃんと布団だった。睨んで来るカレイもいない。 クローゼットを開けてもこうもりは飛び出さないし、服から鳩が出てくることも無い。 悪夢を見ていた気がするが、なんだったのだろう。 階段は揺れないし踊らない。エスカレーターのように動いたりしない。当たり前じゃないか。 酷い頭痛の後のような鈍痛が残る頭を振り振り、朝飯を食いに。 「おはよう」 「おはよ……」 振り向いたお袋の顔は──馬だった。 空を見たら、素敵なくらいに晴れた黄色の空だった。 いすの上に乗ったちゃぶ台の下では、サルの人形が飯を食っていた。 「おはよう」 シンバルの上に味噌汁を盛り、啜りながらサルが手を挙げる。味噌汁の具は殻つき卵。 俺は思わず天井を仰いだ。 知らない男が覗いていた。おいおい、あんたは忍者かスパイダーマンか? 今日も素敵なサイケデリック日和。 君にも俺にも、迫って来るよ。 |