発狂ラヂヲ




「……おい、高庭、大丈夫かよ?」
「んー……大丈夫、ただの寝不足」
「ゲームでもやってたんか?」
「あー、そんなもん」

ゲーム。
確かにゲームだろう。
あんなもんにムキになってる自分が少しばかり情けない。
だけど、判りますか? と言われた以上は解いてみたい。
しかし、さっぱり判らないようではどうしようもないし。

「──ってことなんだよ」
「なあ、将人、どうなんだ?」
「え? あ、何だ?」
「んだよ、聞いてなかったのかよー」
「悪い悪い。ちょっとどっか意識飛んでた」

苦笑しながら、意識を現実に戻す。
そうだ、あれはただのおふざけ企画だ。
日常にまで持ち込むなんて、馬鹿げている。

「お前さ、『発狂ラヂヲ』見つけたって言ったじゃん?」
「ああ、それが?」

友人の口から、たった今まで考えていたことを言われて僅かに驚く。
こいつ、心読めるんじゃないだろうな?
一瞬訝ったが、すぐにそんなこともないか、と思い直す。
大体こいつ、鈍い方だし。

「俺、探したけど全然見つからなかったぜ」
「え? 嘘だろ?」
「嘘じゃねえよ。二時だろ? 周波数もお前が言ったのにあわせたし、ちょっと動かして探ったりしたけど……」
「俺も。昨日は休みだったんか?」

そんなはずはない。
だって、この二週間『発狂ラヂヲ』は休むことなく放送されている。
俺の怪訝な顔を、別な意味にとったのか一人がにやりと笑う。

「あー、判ったぞ、将人。お前、俺たちをハメただろ」
「んなことしねえって」
「んだよ、嘘かよー。真面目に探して損しちまったじゃねーか」
「高庭、真顔で嘘つくなよ」

嘘じゃねえって。
ノドまで出かけた言葉を押さえる。
そう言ったところで、この状況では冗談にしかとられないだろう。
それに、何となくあの謎解きを、他の誰かに解かれたくなかったのもあった。
だから、わざと大げさに肩を竦める。

「お前らマジで探したの? バッカでー」
「うわ、酷っ。折角俺が貴重な睡眠時間削ったのに!」
「授業で寝てんだからいいだろうがよ」
「違いねえ! お前寝すぎ!」
「寝る子は育つ!」
「横にでも育ってろ!」


げらげらげらげら

顔でだけ笑いながら、俺はまた、発狂ラヂヲの事を考えていた。





あれから四日。

今だに謎は解けない。
発狂ラヂヲで、あの詩モドキは変わらず流れている。
と、いうことはまだ誰も解いてないと云う事だ。
それは奇妙な優越感と焦燥感を味わわせる。



俺が解かなければ。
俺以外に、解けるわけがないんだ。



あの、機械的な声が読み上げるたびにそう思う。
どんどんどんどんその思いは強くなる。
これは俺に出された挑戦状だ。

『怪人二十面相より明智君へ。解けるかい?』

というのと同じだ。
俺は試されているんだ。
何でそんなことをする必要があるのか、なんて事は考えもしなかった。



毎朝鏡を見るが、はっきり言って俺の姿は怖い。
目が充血して赤い。
ほとんど寝てないのだから当然だ。

「お前、不眠症じゃねえの? 一回病院行って来いよ」

そう、一人が告げる。

確かに、最近眠っていないが、不眠症じゃない。
ただ、眠らないだけなんだ。

言ったら、そいつは眉根を寄せて、

「……まあ、あんまり無理すんなよ」

とだけ呟いた。
ああ、これが解けたら存分に眠ってやるさ。

それにしても、判らない。

自分の直感の無さというか、インスピレーションの無さとかを、これほど呪った事はないかも知れない。
レベルで言えば、ホームズのワトソンか?
推理小説なんか殆ど読んだこともない俺だが、漫画ならばあるので、その位は知っている。
くそ、負けねえぞ。

もはや誰に対して言ってるのかさだかではないが、俺はそう毒づいた。
授業中も何かヒントがないか、辞書や教科書を穴の開くほどに見る。
今は英語の授業中。
『A』から一ページずつ辿っていく。


その視線が、ある一点で止まった。
ばっ、とその項目に釘付けになる。


『アクロスティック:文の始め、または終わりの文字を繋げると
 ある言葉が現れる形式の遊戯詩』


これだ。


俺は、自分の貧相な直感がそう告げているのを感じた。
頭の文字を、そのまま繋げると、

『おまえはぬでし』

……何だこりゃ。
いや、ちょっと待てよ。

最後の数字は七まで。
そして行数も、七行。
もしかして、並べ替えるのか?



『おお、君は何を見た
  前に見たものか
 はるかな過去と未来に
  駅で見た轢死体は
 出会う事もないまま
  死ぬだろうさ
 ぬかるんだ道を行くと』


最初の文字を読む。

『おまはえでしぬ』

これでも判らない。
ちょっとまて、漢字は一文字なのか?
だとすると。

『お前は駅出死ぬ』

出、は当て字かもしれない。
そのまま読むと。







『お』『前』『は』『駅』『で』『死』『ぬ』










──ぞくり。

背中に悪寒が走った。
お前は駅で死ぬ?
何の冗談だ?
解けたと思った昂揚感が、急速にしぼんで行くのを感じる。



しかし、俺は、その後、もっととんでもない事に気付き愕然とした。

後ろの文字を繋げると。




『たかにはまさと』


『は』は『わ』と発音する。
そうすると。





『た』『か』『に』『わ』『ま』『さ』『と』








高庭 将人。









俺の名前。









「……っわああああっ!?」


得体の知れない恐怖に突き動かされ、俺は思わず叫んでいた。
息が上がっているのが判る。

「──高庭?」
「っ!?」

呼ばれて、顔をあげると、困惑した顔の数学教師。
周りのクラスメートは、怯えと戸惑いが混じった表情をしている。

「どうした、具合でも悪いのか?」
「え、ああ、その……」

俺、殺される。

言いかけて、戻ってきた理性がそれを押し止めた。
誰が信じる?

一笑に付されるか、あるいは病院に連れて行かれるかも知れない。

どう答えたものか迷っていると、横手から声が掛かった。

「何だ、怖い夢でも見たん?」
「寝てたんじゃねーの、将人」

友人たちの声。
明るい声、いつもの声、からかいの声。遠い遠い声。
しかし、その言葉に教師は困惑の表情を崩す。
殊更に厳しい面を作ってみせ、

「高庭、寝るのもいかんが、騒ぐのはもっと止めてくれ、寝るなら家で!」

どっ

クラスが沸く。
俺はそれで、曖昧な笑みを浮かべながら座った。

夢? 夢なのか?

しかし、自分のノートを見て、再び認識する。



『高庭将人 お前は駅で死ぬ』



どくん、どくんと高鳴る心臓を、どうにか必死で押し止める。

何をそんなに怯える事があるんだ?
たかがラジオのお遊び企画じゃないか。
特定の個人に向けて何かのメッセージを発するなんてあるわけない。
聞いているかどうかすら分からないのに、そんなことするわけない。
だいたい、こうなったのだってただの偶然。
俺は、間違った解答をしてしまっただけだ。



そうだ、俺が死ぬものか。



しかし、その日の残りの授業はまともに受けられたものじゃなかった。



放課後。
駅に向かう足取りは重い。
家まで、バスで行くには遠すぎる。
電車しかない。

大丈夫だ。

そう自分に言い聞かせた。

「おい、将人、ほんとに大丈夫か?」
「顔青いぞ。本気で具合悪いのか?」
「医務室行く?」
「……いや、大丈夫。早く帰りたい」

無理に笑ってみせる。
大丈夫。
こいつらがいるんだ。
俺一人じゃない。

俺が笑ったのを見て、友人達は少し安心したようだ。
ふっ、と表情を緩ませる。
そしてまた、他愛も無い話を始めた。

俺は前を見る。
大丈夫。
ホームから転落することも考えた。
だから、落ちないように線路から離れた場所に居る。
電車が来たら、友人と一緒に乗り込んで、早く駅から離れる。
勿論、事故にあわないように気を付けて。

そこまでを頭でイメージして、大きく息を吐いた。

大丈夫。


『……間もなく、二番線に電車が参ります。危険ですので、白線の内側に……』


駅のアナウンスが流れ始める。
がやがやと、少し騒がしくなった。

そこで、俺はちょっと事の始まりとかいうのを思い出してみる。
最初にこの話をしたのは誰だった?

──そうそう。ちょうどこの四人で──

そう考えて、体に嫌な汗が吹き出た。

『この四人』だよな?

他に、誰も居なかったよな?


それは確かだ。


なのに、なんで、なんで──






『お前は?』

俺が聞いた。

『さあ、俺も初めて聞いた』

黄色い線の上で、突付き合ってるほうの一人、久島が言った。

『俺もー。何だそりゃ』

もう片方、富山が答えた。

『俺もだ。何かのバンド?』

そして、その二人をからかいながら眺めている相川が尋ねた。

『違うよ、そのまんま。ラジオ番組っつーのか? それ』


答えたのは、誰だ。


俺は知らなかった。
久島も知らなかった。
富山も判らなかった。
相川も判らなかった。

じゃあ、教えたのは     一体誰。





どくん、どくん、どくん、どくん。



また、心臓が音を立て始める。
そんな馬鹿な。
多分、記憶違いだ。
もう一人、いたのだ。
誰だか思い出せないだけだ。


どくん、どくん、どくん、どくん。


ダメだ、落ち着け。
叫んじゃダメだ。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
三人に聞けば、誰か思い出すかもしれない。
そう思い、振り返ろうとした。




その時。

突然、アナウンスが途切れた。


代わりに聞こえてくるのは。




軽快な、でもどこか物々しいギターの音。
途中から激しいドラムが入る。


『発狂ラヂヲ、レディゴゥ』


機械的な声が、その言葉を告げた。





もはや、何も考えられなかった。



「うわぁぁぁぁあああぁああ!!!???」

絶叫した。

周りの人間が、ぎょっとしたように身を引くが、知ったことじゃない。

逃げなければ。

発狂ラヂヲから、逃げなければ。



どこか、どこか音が聞こえないところへ。



それだけを思い、方向も定めずに走り出した。




右から、非難の声が聞こえた気がしたが、無視した。


左から、静止の声が聞こえた気がしたが、無視した。


後から、友人の声が聞こえた気がしたが、無視した。





我に還った時、見たものは。






視界一杯に広がった、電車。










そこで、もう、俺の意識は途絶えた。









ざわざわざわ


学校の中は、いつも騒がしい。
尽きる事のない会話。
変わらぬ日常。


下らない噂。



『なあなあ、聞いた? 四組の高庭の話』
『聞いた聞いた。頭おかしくなって、線路に飛び込んだんだろ?』
『俺、見ちゃったよ。線路の間に肉とか挟まっててさー、グロイのなんのって』
『止めてよ気持ち悪い』
『ノイローゼじゃねえの?』
『不眠症だったって噂、聞いた』
『マジで? 怖いねー』



そんな中、また、この言葉がどこかで囁かれるのだ。
今度囁くのは、俺の番。
















『なあ、発狂ラヂヲって知ってるか?』













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