発狂ラヂヲ

ざわざわざわ


学校の中は、いつも騒がしい。
尽きる事のない会話。
変わらぬ日常。


下らない噂。




「なあなあ『発狂ラヂヲ』って知ってるか?」
「あ? 発狂ラジオ?」
「違う違う。ラ・ヂ・ヲ」
「一緒だろーが」
「ま、どっちでもいいけどよ、知ってる?」
「いや、聞いたこともねえ」

そう言って、机に突っ伏していた俺は肩を竦めた。
周囲にたまっていた他の仲間にも尋ねる。

「お前は?」
「さあ、初めて聞いた」
「何だそりゃ」
「俺もだ。何かのバンド?」
「違うよ、そのまんま。ラジオ番組っつーのか? それ」

会話を振った奴が言った。
俺に聞き返すなよ。
語尾を上げるなって、いっつも英語とか数学言われてんだろ? 答えに確信を持って言え、ってな。
あれ、判んねえんだから仕方ねえじゃん、とか思うんだけどな。
まあいいや、んな事は。

「マジで? 新しいん?」
「いや、それがさ、海賊放送っての? そういう奴で、うまく周波数合わせないと聞けないんだってよ」
「嘘くせー。んで、それがどうしたんだよ」
「それがさ、名前の通り、聞いてると狂うんだってよ」
「は? 何それ。どこの小学校の怪談だよ」
「将人……冷たいっての」

恨めしそうに呟くが、こっちは素直な感想を告げただけだ。
小学校だと『死ぬ』とか『呪われる』だから、『狂う』というのは少し捻ってあるのだろうか。
レベル的には大差が無さそうだが。
一人が言う。

「そんじゃ、都市伝説ってやつ?」
「それってあれだろ、ホラ、ベッドの下に男が隠れてたって」
「マジ? ストーカーじゃん」
「ああもう! ストーカーなんぞどうでもいいんだよ、俺の話を聞けっての!」

はいはい、と頷く。
そいつは満足そうに笑うと、続きを始めた。
その、下らない噂話の。

「聞いたら狂う、ってとこまで言ったよな? それ、マジなんだぜ」
「怪談って皆、『これは嘘のように聞こえるけど本当の話です』とかあるよなー。余計嘘臭いんだけど」
「いちいち突っ込むな。とにかく、それで、試してみようって奴がいたんだよ」
「そしてどの話でも、試してみようって馬鹿がいるんだよな」

聞いてた一人が笑う。
口を挟むタイミングが絶妙だったので俺らも一緒に笑った。
話してた奴は、どんどん! と机を叩いた。

「真面目に聞かねえんだったらあっち行けって。シッシッ!」
「判った判った。んじゃ最後にまとめて突っ込んでやるから」
「……ま、とにかく、試してみたやつがいるんだ。それで、どうなったと思う?」
「そりゃあ話の盛り上がり方としては、狂ったんだろ?」
「オリジナリティねえよなー」
「絶対試した奴って、変な目に合うよな」
「突っ込みは最後なんだろ。黙って聞けよ」
「お前が聞いたんじゃん」

不服を交えて呟きながらも、とりあえず黙る。
俺は聞かれたことに答えただけだっての。
廊下からは俺らの様に下らない話に暇を費やしている連中の声が聞こえてくる。

「んで、まあ狂ったんだけど、その後、自殺しちまったんだってよ」
「サラリーマンとかも、最近自殺多いんだってなー」
「まあ不況だし。そのラジオが原因なんて誰が判ったんだよ」
「いや……それは」
「ほら、嘘じゃん。チェンメでもあるよなー。『これが原因で人が5人死にました』とか。あれ、途中で止まってるはずなのに何で人数判るんだよってな」

ひゃはははは

笑い声。
教室にいた何人かが一瞬顔を向けるが、それはそれだけのこと。
むすっ、とした顔でそいつは口を尖らす。

「うるせーな、とにかく、夜中の二時から始まるんだとよ。AMのほう」
「ああ、丑三つ時ってやつ? 藁人形とかその時間だよな」
「あれって陰険だよなー。マジこえー」
「三組の楠原とかやりそうじゃね?」
「夜中に『カーンカーン』てか?」
「そうそう、くははははっ!」

会話は、再びいつもの下らない話に。
『発狂ラヂヲ』のことなんか、すっかり忘れていた。







夜中。
ふと、その会話を思い出す。
AMで、二時からだったよな?
部屋の片隅にあったラジオを手に取る。
そういえば、最近ラジオは全然聞いてないな、とか思った。
夜更かししてテレビを見てても、怒られる年ではなくなったし。
まあ、二時だったら起きてても多分平気だろう。


ザー、ザー


ノイズが耳に障る。
うっかり音量を大きくしすぎて、思わず顔をしかめた。

『どの話でも、試してみようって馬鹿がいるんだよな』

昼間の友人の言葉が思い返される。
ま、いいじゃん。俺、馬鹿だし。
そんなこと言いながら、実はあいつもやってるに違いない。

ザー、ザー

やっぱり何も聞こえない。
聞こえてくる物といえば、正規の番組だけ。
大して面白くもないのにDJが一人で突っ走っている。

やっぱり怪談は怪談だよな。

本当の話なんぞありゃしない。
まあ、あとちょっとだけ探して見よう。

ザー、ザー

そういやテレビの砂嵐とかも、見てると顔が出るとかあったよな。
あれ、呪われるんだっけ?
後、受信料未払いの人間の名前が流れるとか。それは嘘だな。

ザー、ザー……

ふと、音が入った気がして、その周辺の周波数にピッチを合わせる。
微かに、消え入りそうな音が聞こえてきた。
いや、声か?


『…っき…ヂ…レデ…』


音量をあげるが、上手く電波を拾えない。
舌打ちをして外を見ると、雨の上に雷が鳴っていた。
ザーザーと云う音は、雨のせいでもあったのだろう。
くそ、それっぽいのを見つけたってのに。

それからしばらく試みたが、その日は結局聞く事が出来なかった。




次の日の夜。

俺はまた、ラジオをつけた。
今日の天気は快晴。月も見えている。

ザー、ザー

二時まであと2分。
ノイズの不規則な音だけが耳に染みてくる。

ザー、ザー

あと一分。
鼓動が早くなる。
お化け屋敷とかに入る前のスリルみたいなのか?
遊園地にも久しく行っていない。久々の感覚。

ザー、ザ……

急に静まるノイズ。
来た。

軽快な、でもどこか物々しいギターの音。
途中から激しいドラムが入る。


『発狂ラヂヲ、レディゴゥ』


機械的な声が、その言葉を告げた。

やった。

思わずにやりと笑う。
でも、その後すぐに僅かな不安が湧いてきた。
聞いてると狂うんだろ?
この番組があったってことは、俺も狂うってことか?
しかし、すぐに俺の頭に常識が戻って来て、馬鹿馬鹿しい、と一蹴する。
こんなに簡単に見つけられるんだったら、もう何人も見つけてるだろうし。
大体、特に変なところは見られない。と、いうか聞かれないというのか。

ロック系にありがちな、『狂った』とか『狂気』とか『クレイジー』とか。
とにかくそういう題名の曲をセレクトして流す番組のようだ。
退屈というほどでもないが、面白いわけでもない。
時たま入る声も、機械で歪めてあるのだろう。
どこか金属的で。

ただ、一つだけ変わったことがあるとしたら、途中に詩のようなものが入る事だろうか。
もしかしたら何かの歌詞なのかも知れないが、それにしても変わっていた。
というか、詩に興味のない俺から聞いても、いい出来だとは思えない。
途中でいきなり音楽が途切れて、例の機械的な声が読み上げるのだ。
少し意味を考えてみたが、さっぱり判らなかった。
こういう抽象的なものは苦手だ。



結局、『発狂ラヂヲ』は三十分ほどで終了した。









「なあ、前にさ『発狂ラヂヲ』の話出したの誰だっけ?」
「え? そんなんあったっけ?」
「あーあー、何だっけ。都市伝説?」
「覚えてねーよ、もう」
「てか、怪談だろ?」

あの話をしたメンバーに尋ねるが、明確な答えは返ってこない。
おいおい、いくら退屈しのぎに出した話だからって、自分が言ったことくらい覚えてろよ。
一人が、驚いた様に俺を見る。

「おい、高庭、お前マジでやったんか?」
「え、将人、マジ? 何か聞こえたん?」

すっかり忘れていた話題だったのだろうが、言われて思い出したらしい。
俺は正直に頷いてやった。

「ああ、『発狂ラヂヲ』って番組はあったよ」
「じゃあお前、狂っちゃうじゃん!」
「バーカ。誰が狂ってんだよ」
「それもそうだな。なーんだ。やっぱり嘘か」

はあ、と一人がため息をつく。
ま、そんなもんだろうとは思ってたけど。

「あれだ、分かんねぇぞ、高庭は実はおかしくてまともになっただけかも」
「誰がだ誰が」
「あー。そうかも」
「同意すんな!」

真面目腐って告げた奴らに突っ込む。
言うだけ無駄だった気もする。
が、一人が椅子に背を預けてぎしぎし鳴らしながらぽつりと呟いた。

「そんじゃ、今日俺も聞いてみよっかなー」
「マジ? 俺もやってみよー」
「別に何も面白いことはねえぞ」

一応忠告しておいが、聞いても問題ないことは俺で証明された。
怪談としては面白くなかったが、そういうのが好きなやつなら結構気に入るかもしれない。



それから俺は、夜中の二時になると『発狂ラヂヲ』をきくようになった。
別に理由なんかない。
ただ、何となく。



ある夜。
いつものように、イヤホンを耳に当て、例のギターのフレーズが聞こえるのを待つ。
軽快な、でもどこか物々しいギターの音。
途中から激しいドラムが入る。

『発狂ラヂヲ、レディゴゥ』

機械的な声が、その言葉を告げる。

最初の日と、変わらない。

ところが、その日は一つ違う事があった。

途中に入る、あの詩みたいなのが変わったのだ。
機械的な声が、一文一文、間を空けながら読み上げる。
今回は何か判らないかと耳を澄ますが、声は読み上げるだけだった。
何の説明もない。



ただ、


『発狂ラヂヲより、あなたへ。判りますか?』


とだけ、言った。


何だか興味を引かれる。
そこで俺は、その詩モドキを書き写してみることにした。

『おお、きみは何をみた
 前にみたものか
 えきでみたれきしたいに
 はるかなかことみらいに
 ぬかるんだみちを行くと
 出あうこともないまま
 しぬだろうさ
 イチ、ニィ、ヨン、サン、ナナ、ゴォ、ロク』


「…何だこりゃ」

思わず独り言。
この前のもかなり変だったが、今回は輪をかけておかしい。
まあ、俺の書き写し方も悪かったのだろうが。
ひらがなばっかりで読みにくいことこの上ない。
『前』という漢字しか書けていないのは問題かもしれない。漢字は苦手だ。
とりあえず、考えてみよう。
判りますか、というんだから、何か謎解きみたいなものなんだろう。
この間の問題?は、解いた奴がいたんだろうな。
とりあえず、漢字を調べつつ書き直す。

『おお、君は何を見た
 駅で見た歴史隊に
 はるかな過去と未来に
 ぬかるんだ道を行くと
 出会う事も無いまま
 死ぬだろうさ』

と、なった。
最後の数字はまだ無視。

つーか、歴史隊って何だ?
駅でそんな怪しい集団見るのかよ?
俺の頭にはコントのような風景しか思い浮かばない。

が、ふと、考え直し、もう一度辞書を引きなおす。
歴史、じゃないのか?
えーっと、れき、れき……。

「轢死……? 轢かれて死ぬ?」

判るかそんなん。
でも、まあ、駅で轢かれて死ぬ、ってのは合ってるだろう。
少なくとも歴史隊よりは。
すると、れきしたい、は『歴史隊』ではなく『轢死体』だ。
正確に言えば、轢死死体だったか轢死体だったか判らないが、
どっちでも意味は同じだ。
つまり、

『おお、君は何を見た

   前に見たものか
 
 駅で見た轢死体に

   はるかな過去と未来に

 ぬかるんだ道を行くと

   出会う事もないまま

 死ぬだろうさ

 イチ、ニィ、ヨン、サン、ナナ、ゴォ、ロク』

って事になる。

「……さっぱり判らん」

ぽつりと呟いた。
何だか漫画に出てくる暗号みたいだな。
埋蔵金とか、遺産とか。
探偵物だと犯人の名前とか特長とか。
そういうのは、どうやって解いてたっけ?

がさがさと、深夜だというのに本棚を漁った。
まず、一つ目。
1、2、4、3、7、5、6とあるから、文字をその順に読んでみる。

断念。
一行目からすでに言葉にならない。
しかも七文字以上あるし。

気を取り直して二つ目。
何らかの法則性が無いかを見出す、らしい。
法則性ねぇ。
意味が判らん、てこと以外は共通点らしい共通点もないのだが。
これもまた断念。

よく考えれば、ダメなのだ、こういうのは。
子供向けの謎解きでもロクに解けやしない。
『頭の柔軟性が足りないんだよ』と友人に笑われたのを覚えている。
だけど、諦めるのも癪だ。

「クソッ」

頭をがしがしと掻く。
今夜は眠れそうに無い。



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