『ご主人、今日はお祭りらしいデスヨ』 「ああ? 面倒臭い」 窓を開け、月の光を一杯に浴びた相手に向けて、男は一言。 やりとりだけ見れば、そう珍しいものでは無いかも知れない。 奇妙なのは、月光を全身に受けている相手がスケルトンであると言う事だけだろう。 『それだからどんどん出不精になっていくんデスよ』 「別に困らん」 『出会いのチャンスは年々減りマス』 「やかましいっ!」 爪を切りながら男──ザカリーは声を荒げた。 腰まで伸びた長い黒髪が特徴と言えば特徴。 それさえも、スケルトンに言わせれば『うっとおしい』なのだが。 「大体、祭りと言ったって何があるわけでもないだろう?」 『ご主人、盛り上がりに水を注すタイプデスね? で、嫌がられると』 「お前は一々一言余計だっ!」 『図星だからって怒鳴らないで下サイ』 ザカリーにしれっとした調子で返しているのはレサ。 外見はこれ以上無いくらいに分かり易いスケルトン。つまり骨。 単純な命令しか聞かない下級アンデッドという印象が一般的だが、レサは喋るし考えるし口も回る。 それは術者の高度な技量が成しえた技なのであろうが──その術者は言い負かされている。 しかも今は拗ねてテーブルに突っ伏している。 『中年が拗ねても気持ち悪いだけデスよ』 「誰が中年だっ!」 『誰もご主人のことだなんて言ってまセン。ほら、パレードが始まったみたいデスよ』 「……っ!」 歯噛みするザカリー。この場の力関係は一目瞭然であった。 術者としての力量は、威厳や度量の広さと必ずしも一致しないという好例かも知れない。 ともかく、レサが指差した先には光が幾つも舞っていた。 魔術で作り出した光を、飾りにでも宿して踊っているのだろう。 この地方は砂漠地帯なため、一年中通して気候は似た様なものだが、 他の地域からの収穫物が大量に市場に現れるこの季節に祭りが開かれるのだ。 ザカリーは出窓の近くまで椅子を引き摺って、その様子を眺めた。 「墓場でウィルオウィスプでも見た方が早くないか」 『ご主人、素直に感動とか出来ない性質デスね』 風情も何もあったもんじゃない、と骨が嘆く。 ザカリーは少々むっとした顔をしていたが、否定はせずに窓の外へ視線を戻した。 『此処からでも見えるんだから、人も大勢いるんデショウね』 「全く、他に楽しみが無いのか」 『ご主人みたいに捻くれてない人は素直に楽しむんだと思いマス』 「人を社会不適合者みたいに」 『違ったんデスか?』 「── 一回お前と根本的な点で話し合う必要性を感じたんだが」 出窓の枠を掴む手に力をこめたザカリーに、レサはあっさり頷く。 かろん、と、顎と首の骨が当たって音が鳴った。 『構いまセンよ? ご主人がそれで負けても納得してくれるなら』 「誰が負けるかっ!」 『ご主人』 「素で返すな!」 『聞かれたから答えたんじゃないデスか、我が侭』 「うああちっくしょうっ!」 『物に当たるのは止めて下サイ。家が泣いてマス』 壁を叩いて叫ぶ術者に、骨がこれまた冷静に突っ込んだ。 反応が大袈裟なため、突っ込みが更に入るんのだと言う事には気付いていないらしい。 「泣いてないっ!」 『静かに眺めることも出来ないのは子供デスよ?』 「誰のせいだとっ……!」 ザカリーは叫びを押し留めると、不貞腐れたまま出窓に手を乗せた。 このまま続けても自分に軍配は上がらないと理解したのだろう。 その辺りが三歳、五歳の子供とのギリギリの差異かも知れない。 「ウィルオウィスプだって、よく見れば綺麗なもんだぞ」 『大抵の人はじっくり見る余裕がないと思いマス』 「何だ全く、根性の無い」 あくまでザカリーは本気である。 彼にとっては墓場でウィルオウィスプを見ることはさして珍しい事ではないし、他人もそうだと考える。 指摘されれば気付くのだが、それはつまり指摘されなければ気付かないということだ。 自然体と言えば聞こえはいいが、要するに自分中心なのだろう。 「……光と一緒に、昇っている」 ぽつりとザカリーが呟いた。 窓枠に肘を立て、乗せた顔を表へ、空へと向けて。 レサには何も見えなかったが、ザカリーには何か見えているのかも知れない。 珍しく真面目な口調のザカリーに、レサは視線を移した。 星の下、人の持つ光が舞う。 「アリアストに誘われて、ヘハディウムの元へと」 月の女神、そしてその姉妹と言われる冥府の女神の名を呟くと、口を閉じた。 柔らかな優しい光が照らしたせいか、黒髪の死人使いの表情も限りなく穏やかに見える。 外では祭りの光が踊っていた。 収穫祭は、豊穣を神に感謝する。 同時に刈り取られる生き物たちを弔う。 踊る光は、果たして本当に、魔術の光なのだろうか。 死人使いが見ているものは、レサが見ているのと同じ光なのだろうか。 「人はいつか死ぬ」 『…………』 返事はなかったので、部屋を沈黙が支配した。 鈴や笛の音、太鼓、人の喧騒が風に乗って流れてくる。 夜気が窓から部屋へと入り、緩やかに自分の温度を伝えた。 『──ご主人?』 しばらくしてから、ようやくレサが声を掛ける。 死人使いは出窓に突っ伏すような形で、寝息を立てていた。 レサは考える。 この主人も死ぬのだろうか。 そうしたら自分は再び土に還るのか。 いや、それよりももっと早く、彼が還すかも知れない。 自分にはわからない。 とりあえず、肩を掴み、軽く揺す振ってみる。 『……ご主人、風邪引きマス』 「んー……」 身動ぎはするものの、起き上がろうという気配は見えないザカリーを、レサは見下ろす。 レサは近くにあった本を、骨の手で掴んだ。 『ご主人、風邪引きマスってば』 「がふっ!?」 すぱん、と良い音がして、ザカリーが飛び起きた。 頭を押さえると、レサの握っていた本に目を移して何やら口をぱくぱく。 「……普通、主人を殴るかっ!?」 『風邪を引かれると余計にご主人の体に悪いと思いまして』 「もっと丁寧に起こせっ!」 『声を掛けましたが、お返事がありませんでシタ』 「もうちょっと根気を持て」 『起きたんだからいいじゃないデスか。それに、風邪引いたら、 私が更に面倒を見ないといけないデショウ?』 さあさあ、と寝室を指すレサに、諦めたか彼は窓を閉めた。 喧騒が遠くなる。 その背を見送りながら、レサはまた思い出す。 レサは『レサ』として以外の自分は知らないし、知る気も無い。 その『レサ』が滅んだら、意識はどうなるのだろうか。 『レサ』は『レサ』のまま? それとも、生きていた時の同じ誰かの手に渡る? すると、『レサ』は何処へ行く? レサはそこで考えるのを止めた。 『ご主人が考えないで色々やるから、考えすぎるようになっちゃったじゃないデスか』 扉の奥へ消えた主人へ向けてぽつりと一言、スケルトンは呟いた。 レサはソファへ歩いていくと、その片隅でがしゃりと崩れ、骨の山になった。 また朝になったら、人の形に戻る。 そうしたら、寝坊気味なザカリーの為に朝食を作り、また一日が始まるのだろう。 祭りの音は小さくなり、夜気に溶けてその姿を消した。 外ではまだ、光が踊っている。 |