しんしんと雪が降る、クリスマスイブ。 の、前日。 朝になれば止むらしいので、イブからクリスマスにかけては晴れるでしょう、との予報。 クリスマスイブでなくて残念ですね、と言うキャスターにどうでもいいよと心中で呟いた。 本当に熱愛中のカップルには天気なんか何でもロマンティックになることだろう。 そんな時、背後から声。 「真由、クリスマスプレゼントはっ!?」 「は?」 私はテレビに向けていた視線を背後に移した。 そこには、こちらを睨みつける黒い瞳。 「何であんたに」 「ひどっ! 普通はくれるものではないのか!」 「サンタさんに頼めば?」 「俺様は子供じゃないので貰えるわけないだろうが!」 「そうじゃないよ。子供だけど良い子じゃないから貰えないんだよ」 「揚げ足を取るような事を言うな! 良い子じゃないが悪い子でもない!」 私は両拳を握って力説する相手にぼそりと一声。 「それ以前にヴァルク、悪魔が聖人の誕生日祝ってどうすんの」 「はっ!?」 今気付いたと言わんばかりに目を見開くヴァルク。 その背には身体の半分以上はある大きな翼が生えている。しかも真っ黒。 口の端から覗くのは鋭い犬歯──牙と言って差し支えないだろう。 それに加えて、人間でいう尾てい骨の辺りからは細い尻尾が生えている。 念の為言っておくが、別に私は脳内妄想と話しているわけではないのであしからず。 うっかり意図せずに気が付いたら召喚してしまっていた悪魔のヴァルクは、ずっと私の家に居座っている。 「い、祝うわけではなく、イベントとして乗っかるだけだ!」 「流行に流される悪魔。ああ情けない。お母さんが泣いてるよ」 「物理的な肉親などおらんわじゃなくて話題を逸らすなってぷーれーぜーんーとー!」 「私サンタじゃないし」 手を振ってテレビの特番に視線を戻した私の肩を掴んで揺さぶる悪魔。 ええいうっとおしい。 ちなみに言っておくと、外見は十歳前後のガキである。 本人……本悪魔に言うと否定するが、中身も立派なガキだ。 「サンタじゃなくともあるだろう、ほら、恋人同士とか」 「私だから年下趣味はちょっと……」 「親父趣味か。サンタみたいなのがいいのか。爺専門か」 ヴァルクはCMに出てきたサンタを指した。 赤い服を着た白髭のおじいさんが笑顔で子供にプレゼントを渡している。 どうせこんな類のCMを見て触発されたのだろう。 マスコミを少々呪いたかったがそこまで陰険ではない。 ひとまず今言うべきことは。 「誰が爺専だ。殴るぞガキ」 「だから貴様は年頃の娘なのだから言葉使いに気をつけろって」 「親父臭い」 「誰がっ!?」 「あんた」 目の前に回ってきたので、邪魔だから退かす。 しかし相手は更に近寄ってきた。 頭突きが出来そうな距離に浮かんで、ぶつぶつと不平。 「季節のイベントに乗っかって何かしてもいいじゃないか。どうせこの国は雑多宗教だろ?」 「そうだねー、クリスマスの次は正月で神社とか寺行くし。で、退いて」 「真由……ぷれぜんと……」 「──あんたは何でそんなに欲しがるの」 特に好きではないお笑い芸人の出番になったので、退かすのを諦めて悪魔に問う。 ヴァルクはふっと笑うと、腰に手を当てた。 「俺様は貰った事が無いので貰いたいと思うのは当然の理だろう。自明の理だ」 「貰った事ないの?」 「何しろ悪魔だからな!」 「何でそこで威張る」 突っ込みながら、自分のクリスマスを振り返ってみる。 三年前から父さんは単身赴任だが、その前は皆で祝っていた。 いや、今年もイベント好きの母だから何かはやるだろう。 ケーキは間違いなく作るだろうから、それは分けてやろうと思っていたのだが。 「……あんた、クリスマスって何してた?」 「お? 何してたって……そもそもそんな日、気にも止めておらんかったからな」 「じゃ、誰かと何かお祝いした事は?」 「何で誰かと祝わねばならんのだ? そもそも誰か、と祝うことがまず有り得ん」 「ああ、友達いないのね」 「そんな事はっ……………………」 否定しようとしたヴァルクの口が止まり、そろっと目線が逸らされた。 図星か。 でも、悪魔に友達が……ってのもなかなか想像がつかない。 つくにはつくが、ヴァルクを中心に想像すると、子ども会のパーティにしかならない。 ともかく、誰かとお祝い事をした事が無い、という方は、私には想像のつかないことで。 ヴァルクは拗ねたのか、カーテンの中で丸まっている。 私は溜息をついて、自分の鞄を引き寄せた。 「ヴァルク」 「何だ、慰めなどいらんぞ……って?」 黒の瞳が、見開いてからぱちぱちと瞬いた。 視線の先には、私の差し出した箱入りチョコレートがある。 「ああ、いらない?」 「いる」 甘味大王、兼、辛味マニアのヴァルクは、ためらうことなく箱を受け取った。 ちなみに冬季限定味。それはどうでもいいのだが。 ヴァルクはじっと手の中のチョコを見詰めているので、付け加える。 「それ、プレゼント」 「え?」 再び瞬いてから、黒の悪魔は問い返す。 「一箱全部食べてもいいのかっ!?」 みみっちい台詞だ。 「いいってば。ていうかその台詞誰かに聞かれたら、私どれだけあんたのこといびってるのかと思われるか心配だわ」 「だって真由、普段は一箱は駄目って言うではないか」 「いつもは自分で食べたくて買って来るんだし、大体あんたは食い過ぎ」 私もせこいという話が出てきそうな会話だが、自分で食べたくて買ってきたものをほいほいあげられるほど懐は広くないのである。 プレゼントらしさを出すせめてもの策として、テーブルの上に置いてあったリボンを巻いてやった。 たかだか三百円弱のチョコだが、箱入りなお陰でなんとなくプレゼントに見える。 「……あ……」 「何?」 「あ……ええと、貴様がそんなに言うなら、貰ってやってもいいかな、と」 「さっきまで請求してた癖に何を偉そうに」 「か、返さんぞ! いいんだな!」 「だからいいっての。はい退いてー」 好きじゃないお笑い芸人の出番が終わったので、ヴァルクに手で横に避けるよう示す。 今度は素直に言う事を聞き、ソファにいる私の隣にちょこんと座った。 「真由」 「何? まだ何かある?」 「手」 「はあ?」 ぐい、と私の手を引っ張ったヴァルクは、そこに自分の手を重ねる。 どけた後には、小さなペンダントヘッド。 「貰ったら、返すのが常識なのだろう?」 「あー……そりゃ、一応そうなってるけど」 「俺様は常識知らずでは無いのでな。その、雪の結晶を俺様の偉大なる魔力で固めて形にしたものだ。貴様にやらんこともないぞ」 声音だけは、さっきとうって変わってむっつりとした感じでヴァルクは言った。 視線は窓の外へ向けられている。 言われてみれば、掌に伝わる感触はどこかひんやりしている。 正直なところ、ただでさえ寒い冬には不適だと思った。 思ったけれども──……。 「ありがと」 言ったらさすがに人間としてまずかろう。 何より、外に出るならともかく、暖かい部屋にいる身にはちょうどいい冷たさだったから。 礼を言うと、ヴァルクは立ち上がってばさばさと翼を鳴らし、ドアの方へ。 そのまま二階へ戻るかと思ったのだが、直前でぴたりと止まる。 「……こっちも」 テレビから聞こえてくる音で掻き消されてしまいそうな音量で呟くと、振り返らずに悪魔はドアを突き抜けて姿を消した。 私は笑うと、特番に視線を戻す。 明日、お菓子の詰まった小さなサンタブーツくらいは買って来てやろうか、と思いながら。 |