テスト最終日。 某ファーストフード店にて。 ポテトをつまみながら、談笑に興じる女子高生が二人。 「ねぇねぇ、麻美ちゃん」 「何」 「神様って、信じる?」 さて、ここで怯んではいけない。 目の前にいる女。そう、住田恵里がこんな事を言い出すのは日常茶飯事である。 以上は、無愛想な表情でポテトを食っている麻美の心中である。 勿論、神様がどうのこうの言っている恵里がそれに気付く訳はない。 彼女は自分のコーラを飲みながら、なおも言葉を重ねていく。 「やっぱり、日々の生活をより良く過ごす為には、支えが必要だと思うのね」 「はぁ、それで」 「その支えとなるのは何か? それは信仰なのよ。神を信じる心」 「…………」 「神を信じ、日々敬虔に過ごす事によって、良い生活、ひいては良い人生が送れるのよ」 瞳を輝かせて熱弁を振るう恵里。 麻美と言えば、あ、シェイク溶けてきちゃった、等と考えていた。 「でも、何を信じるか。それはなかなか難しい問題。全てを捧げられる様な物でなくてはいけないの!」 「えーりー? どうでもいいから立ち上がらないで? 目立つから」 「それでね麻美ちゃん、私がお勧めしたいのは、この神様なんだけど」 恵里がルーズリーフに書き付けた文字は。 『マゲマスター教』 一瞥して、目線をナゲットに戻した麻美。 ずーっ、とコーラをまた一口飲んでから、恵里はその文字を指して続ける。 「あのね、これはね、善神アフロ・増田様のお導きによって、光の世界へと」 「あんたこの間はマイケル鈴木神の導きとか言ってなかったっけ」 台詞の途中で、麻美はシェイクのストローから口を離して突っ込んだ。 売れないお笑いの芸名みたいな神だな、と思っていたのだが。 どうでもいいが、今度の神もやっぱり売れない三流芸人の匂いがする。 恵里はやだなぁ、と言いながら首を振った。なまじっか可愛い顔してるだけに手に負えない。 「で、何だっけ? ああ、そうそう、アフロ・増田様と、悪神である海の男」 「海の男?」 「マーリンマン」 「………………」 ナゲットを口へ放る。ちょっとパサついている。 咀嚼し飲み込むまでの間にも、恵里は延々と言葉を積み重ねていった。 「経典はね、『マゲスター』って言うんだけど、今編集中なの」 「……恵里」 「なぁに? 麻美ちゃん」 「一応聞くけど、その神様は何時出来た訳」 にっこりと笑って、恵里は鞄から教科書を取り出す。 それを麻美に見えるようにすると、可愛らしく小首を傾げて。 「今日の三時間目」 「……世界史?」 「そうそう」 「………………」 世界史のテスト。第1問はゾロアスター教の善神の名は何か。正解はアフラ・マズダ。 もう一度沈黙する。ナゲットが軽く喉に引っ掛かったので、シェイクで流し込んでいたのだ。 バニラ味で無駄に甘いそれを味わいながら飲み込むと、麻美はぼそりと告げる。 「世界中の拝火教の人に謝れあんたは」 「ええっ、どうして!?」 本気で驚いたかの如く声を上げる恵里。 が、立ち直ったのか、ぐっ、と拳を握り再び力説。 「セルフサービス化が進む今だからこそ、信仰すらも自身で切り開かなきゃいけないのよっ!」 「マニュアル化も進んでるんだから、元から有るので我慢しときなさいっ! ファーストフードを見習え!」 立ち上がって見つめ合ってから、大人しく座り直す二人。 何事もなかったかのように視線を受け流せるのも、日頃の訓練とでもいうべきものだろうか。 感じるな麻美。視線なんか一つも来ない。誰も見ていない。 胸の中で三回ほど唱えると、どうにか受け流せるのだと言うことを最近知った。 慣れとは恐ろしい。 ……これさえなければ、とてもとてもよい子だとは思うのだけど。 「大体、編集中って誰が編集してるのさ」 「勿論私」 「…… 一人で?」 「うん。あ、まさか麻美ちゃんも手伝ってくれ」 「手伝いません」 何が哀しくてテスト終了後で一時の安息を得たいときに、そんな三流芸人の神様に煩わされねばならないのか。 安息はパルティアの中国名。覚えたけど今日のテストには出なかった。 幾らそんなことを考えて現実に引き戻ろうとしても、目の前の女は許してはくれない。 「ただ、マゲマスターなのに、神様がアフロってのはねぇ……」 「いや、突っ込み所そこじゃないし」 「え? 海の男がアフロの方がいいかな? あ、海の男だからやっぱりそっちがマゲ?」 「知るかボケ」 最後は思わず本音が漏れたが、それでへこたれる様な恵里では無い。 だからこそ腐れ縁の如く友情が続いている訳なのだが。 ルーズリーフを自分の方に引き寄せ、何やら絵を描き始める。 「やっぱりこんな感じかなぁ」 そう言って見せてきたのは、某『パパイ○鈴木』に激似のアフロ・増田。 ついでに、何でか上半身裸で褌の上にマゲを結っているおっさん。こっちが海の男か。 どうでもいいが、やけに絵がうまい。 「こんな感じかなぁ、はともかく」 「ともかく?」 「何でこのおっさん共は甲板でタイタニックやってんのよ」 「海って聞いて、思い浮かんだイメージがそれだったから」 一応あんたの中では神なんじゃないのかこのむさいおっさん共は。 ちなみにアフロ・増田がジャック役で、海の男がローズ役だった。 と、するとこの後冷たい海の中へ消えていく訳だ。アフロ・増田は。 そして悲嘆の涙に暮れるローズこと海の男。さよなら、アフロ・増田。 君の事はインパクト的に三日は忘れない。いや忘れたいけれど。 あれ、結局ジャックって生きてるんだっけ? 実は見てないから判んないんだけど。あの映画。 「ちょっとぉー、麻美ちゃん、一人の世界に解脱しないでよ」 「あんたまだ世界史から抜け切れてないでしょ」 「だって昨日一夜漬けなんだもん。世界史」 「だからまた変な事を考え出したわけか、この頭は」 「いいのよ! ともかく、私はこれからマゲマスター教の教えを信じて生きていくの」 マゲマスターの教えが何なのか微妙に気になったが、長くなると嫌なので止めて置いた。 個人的には、マイケル鈴木神の方が親しみやすそうで好きなのだが。 既に無くなったシェイクをずずず、と啜りながら麻美はぽつりと呟いた。 「……まあ、何でもいいけどさ。どうせ、また変わるんだろうし」 言葉通り。 三日後、タイタニックを借りて来た恵里は、『タイタン・ニック神』を崇める様になるのだった。 ……麻美がそれに突っ込むのも、またいつもの事である。 |