とりあえず、母からおやつのシュークリームと紅茶を貰って。 部屋に押し込んでおいたヴァルクの元へと行く。 彼はぱたぱたと翼を動かしながら、そこら中をもの珍しそうに眺めていた。 『ほほう……人間界も様変わりしたものだな』 「ガキのくせに偉そうな」 『だから俺様はガキではない! 大体貴様より年は上なのだぞ!?』 「外見ガキでしょ」 『くっ……近頃の娘は……!』 苦々しげに呟きながらも、ヴァルクは私の所に寄って来る。 『それで? 人間、願いを言え』 「だから、私は特に無いから帰っていいよって」 『そういう訳にはいかん!』 ジタバタと暴れるヴァルク。羽根が飛ぶー……。 コウモリみたいな羽にも、鳥みたいな羽にも見える。 いや、コウモリはあれ膜なんだっけ? まあいいか。 ふと思いついて、その翼を引っ張ってみた。 『のわっ!?』 「へー、これ、一応体と繋がってるんだ」 『当たり前だろうがっ!? 引っ張るな馬鹿者!』 「うわ、ガキのくせに」 『だから引っ張るなー!』 ヴァルクでひとしきり遊んでから。 「まあだから帰れ」 『何が『だから』に繋がるんだ!?』 「私の気分が。いいから帰って」 『貴様のかっ! 魂持っていけないだろうがっ!?』 「いや、あげるつもり私無いし」 押し問答に疲れて私は紅茶に手を伸ばす。 いついかなる時でも余裕を失うなが私の金言。 ついでにシュークリームも食べようとした時に、ヴァルクの視線に気がついた。 「……食べる?」 『なっ、そんな、人間の食い物など』 「じゃあ要らない?」 『いや、そんな事は言ってないが』 「食べれば?」 『…………』 ヴァルクは視線を上とシュークリームに交互に動かして。 尊大に呟いた。 『ま、まあ、そんなに貴様が食べて欲しいのだったら……』 「別に食べないならいいけど」 『くれ』 勝った。 無駄な勝利感を味わいつつヴァルクに手渡す。 しげしげと、やはり珍しそうにヴァルクはそれを見つめた。 そういえばコイツの世界とかってどうなっているのだろうか。 微妙に興味が涌いたが、あいにく魂と引き換えにするほど私の好奇心は強くない。 やがて、ぱくり、と噛り付く。 もぐもぐもぐ。 喰ってる間は静かだ。やっぱりガキだと思う。 すっかり平らげてから、ヴァルクは私の持っているもう一つに視線を動かす。 物欲しそうな顔。 待て、お前私よりも年上とか言ってなかったか。 「…………」 『…………』 無言の攻防の後。 「……これも食べる?」 『もらってやろう!』 負けたのは私。 迂闊。未熟。精進。 ヴァルクは嬉しそうにそれをまた平らげる。 手についたクリームまで舐め終わってから、ヴァルクはまた視線を彷徨わせた。 「何?」 『……もう無いのか?』 「無い」 『隠しているだろう?』 「何でやねん」 思わず裏拳で突っ込んでしまった。自分のことながら呑気だ。 それでもヴァルクは納得しないようで、そこら辺を漁り始める。 無いと言っているのに納得しないお子様だ。 と、いきなり嬉しそうな声。 『お、これも赤くて美味そうだ!』 「え?」 赤い物? 私は何のことか判らずにヴァルクの方を向いた。 赤くて美味そうというとトマトとかイチゴとか。 でも部屋に生鮮食品は置いてないはずだけれど。 振り返って見る。 あー、と口を開けているヴァルクが手に持っているものは──。 「あ、それ、調理実習で使う赤唐辛子……」 『ぎゃーーーーーっ!?』 遅かった。御愁傷様。 ご丁寧な事に、口から火まで吐くヴァルク。 芸が細かいのは良いが、家は燃やすなよ。 「はい」 『がっ!?』 差し出した紅茶を、ヴァルクは一気に飲み干した。 ぜは、ぜは、と荒い息をつく。 「……大丈夫?」 何で魂盗りに来た悪魔の心配をせにゃならんのだ、とか思いつつも声をかけた。 ヴァルクは目をぎらり、と煌めかせる。 思わず身を引くが、彼はがっ、と私の腕を掴んだ。 外見よりも遥かに強い力に一瞬硬直。 『人間……』 「いや、食べたのはあんたで私は悪く無い──」 慌てて弁明、というか正論を告げようとする私を止め、ヴァルクは言った。 『美味いなこれは!』 「……は?」 『魔界にはなかった刺激だ!』 もしかして、こいつ味覚障害じゃなかろうか。 そんな事が頭をよぎるが、ヴァルクは気にも留めずに話し続ける。 『これを俺様に貢いで来るのだったら、しばらく待ってやっても良いぞ!』 「…………」 私はまた頭痛を感じ── 一言。 「いいからさっさと帰ってくれ」 んで、結局どうなったかと言うと。 『真由真由真由っ! 今日のおやつは何だ!?』 「ええいやかましい! というか私の分まで食べないでよね!?」 『弱肉強食! 早い者勝ちだ!』 ヴァルクは、今だに私の部屋に居座っていたりするのである。 『なー、真由ー』 「……何」 『まだまだ願い事はせんで良いぞ』 「……ああ、そうですか」 頭痛の種は、しばらく残ったままのようだ。 |